教育実習生 坂田銀八
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放課後。
図書室で少しだけ勉強をして、人気の無い廊下に差し込む夕焼けの中を歩く。
この風景も、すっかり最近のお馴染み。
柔らかに薄紅と藍色が混ざり合い出した空が、今日は格別に綺麗だ。
ハラ減ったな。メシ何かな。あ、夜勉強する時になんか食うモンもほしい。
そんな食の方面に特化したことをとりとめもなく考えながら。
コンビニ寄って帰ろ、と思ったところで足が止まった。
カバンを探る。ポケットを探る。
あ。財布教室に忘れてきた。
踵を返すと、滑りの悪いくすんだ廊下に、キュッとシューズのゴムが擦れる音が響いた。
A組の教室は、ほんの10cm程度戸が薄く開いていた。
特に疑問にも思わずそこに手をかけようとした時。
静かな廊下に微かに漏れる中からの声が、それを止めた。
「いや…なんつーの?アレだ。気持ちはうれしーんだけどよ。いや、マジで」
銀八先生?
まだ教室にいたのか。
「…だって先生、募集中って言ってたから。私、応募したいな、って」
その後にすぐ続いたのは、女生徒らしき声。
そのやり取りの雰囲気に、僕の手は止まったままになってしまった。
空気を読んだ僕の脳が、今教室に入るべきではないと告げる。
だからって立ち聞きもすべきではない、とも脳は告げてくるんだけれど。
つい、足も止まる。
「や、たしかに言ったけどね。だからってよォ。もーおめーらから見たら俺なんてオッサンみてーなもんだろ。やめとけって」
「…」
いつも通りの呑気で軽い口調でそう言う銀八先生に、対する声が沈黙する。
うちのクラスの女子かな。
最近やたら囲まれてるとは思っていたけど、まさか告られるまでとは…。このダル教生が。
世の中って、無常。
「私じゃダメ、ってことだよね?」
静かな、確認。
「あ〜…。え〜と、ホラ、なんだ。ダメって、ダメとかじゃなくて、ホラ」
歯切れ悪く言い淀んでいた銀八先生だったが、一旦言葉を切り、少しの沈黙の後、
「ワリーな」
と、一言返事した。
直後、パタパタと足音が戸に向かって駆けて来た。
あ、ヤバイ。
慌てるものの、隠れるところなど無く。
なんのカモフラージュ道具も持っていないのに、忍者のようにペタリと壁に張り付くという情け無いテンパりぶり。
それでも戸を開けて出て行った女生徒は、下を向いたまま僕がいた側とは逆方向へ廊下を走って行ったため、どうやら気付かなかったようだ。
ああ、良かった。