教育実習生 坂田銀八

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「んだよ。何、その感じ。すげー気持ちワリーんだけど。つーかこえーんだけど」

ひどく胡散臭げな様子で銀八先生は僕らを見渡した。
僕は席から立ち上がり、そんな彼の前へ。
そして、後ろ手に持っていたものを先生へと差し出した。

「先生、コレ、クラスのみんなからです」

僕の手に乗った長方形の包みに、銀八先生の目が、少し驚いたように見開かれた。
けれどそれは、ほんの一瞬の事で。その目はすぐに、いつもの死んだ眼差しに戻る。

「え〜と、これは、アレ?『銀八先生ありがとう。俺たち先生のこと一生忘れねーよ』的アレ?」
「いえ、一応礼儀として。僕らマジメなんで」
「…前から思ってたけど、宇都っちツンデレ?Mと思わせといてむしろS?」

呆れたように言いながらも銀八先生は、僕の手から受け取った包みをひっくり返したり、重さを確かめるように軽くゆすってみたり。どうやら興味は持っている様子。

「カステラにしちゃあ小さくね?あ、羊羹?俺羊羹なら小倉派なんだけど。抹茶とか認めねーんだけど」
「すいません。小倉羊羹は自分で買って下さい」

勝手に話を進める銀八先生は僕の否定に
「長方形の食いモンの王道と言やァ、カステラか羊羹だろーが」
と疑わしげに首を傾げる。
それ以前に何で食べ物だと思い込んでいるのかが疑問なんだけど。

先生、開けてみてよ。そんな彼に、待ち切れないように他の生徒が促した。
無造作に赤いリボンを引っ張り、包装紙を破り取り。
姿を現した白いプラスチックケースを見つめた後、彼はそれを開いた。

「…」

中から出てきたものを銀八先生は黙って手に取り、かざすように眺める。
それは、細い銀色のフレームのメガネ。

第一声を期待して待つ僕らにゆっくりと視線を向けた彼から出てきた言葉は、
「え?コンタクトじゃなくて?」
だった。

いつかの『モテるにはメガネよりコンタクトのがいいよね?』説を覚えていた僕としては、ある意味予想通りの反応。
けれど教室はブーイングの嵐に包まれる。

「プレゼントにダメ出しって。先生、最悪〜」
「や、だってメガネってどうよ?俺のキャラ的にどうよ?この地味系アイテム。つーかモテ度下がんね?」

みんなの非難をものともせず、銀八先生は右手のメガネをヒラヒラと振る。

「えーでも、メガネ似合う男の人って、なんか1割増で見えたりするかも」

女子から掛かった言葉に、興味なさ気だった先生が「マジで?」と反応する。

「それに先生、なんか先生らしくないからメガネとか掛けといたほういーよ」

別の女子からも声が掛かった。
そう。どっちかと言うと、それがメガネをチョイスした理由。
コンタクトなんかよりずっと、教師らしい貫禄をかもし出せるアイテムなのではないかと考えた結果だ。

「なんでだよ。俺ァメガネの力なんぞ借りねーでも、いつでもインテリジェンスな感じだろーが」
「全然」

クラス中が否定した。

わかってねーなァ、おめーら。
溜息をつきながら銀八先生は手にしていたメガネを何気ない様子で掛けた。
その姿に全員が注目した一瞬の沈黙。
そして続く、わぁっという歓声と妙な盛り上がり。

「似合うじゃん、先生!」
「ほら、その方が先生らしいって!少しだけど」
「すげー、メガネマジック。多少は落ち着いて見えるよ、先生」

褒められてんだか、けなされてんだか。
その微妙さに当然気付いている銀八先生の表情はものすごく不本意そうだ。

「つーかコレ、度入ってねーじゃん」
「当たり前じゃないですか。僕ら銀八先生の視力なんて知らないですもん。レンズは自分で入れて下さい」
「は?金ねーよ、俺。しばらくタダの伊達メガネ?俺」
「…まぁ、そこはがんばってください。大人なんですから」

ブツブツ言う銀八先生に、僕は内心うれしかった。
だって、使ってくれる、ってことだもんね。要するに。
すごくわかりにくいけれど。


教室の話題はメガネをきっかけに、いつの間にか『銀八先生が教師っぽく見える方法』談義へと移り変わっている。

「スーツ着てても先生っぽく見えないんだから他の方法は難しくない?」
「あ、先生。白衣とか着たら?なんか、教師っぽい気がする」
「いや、俺、国語担当なんスけど」
「国語で白衣っておかしい?」
「おかしいだろ。つーか俺教師になるって一言も言ってねんだけどね」






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