捧げ物

□無自覚の救援
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※アサクラさんの相互SSの続きです。






ザクザクと掘り進める先輩を上から見下ろしながら、意味の分からない問答を終わらせて俺はかくりと首を傾げた。日の光がしつこく穴の中を照らすものだから綾部先輩の髪が日光を弾いて偶に煌めく。毛先は荒れているけれど上の方は無事らしい。
先程の会話を反芻しながら目を閉ざし土の掘り返される音だけを静かに受け入れながら、結局先輩は地獄の扉を目指していることに相違ないんじゃないだろうかと思案してみる。地獄に行きたいわけではないのだろうし、地獄を見たいわけでもないのだろう。だから何故目指しているのかが結局俺には分からず今に至っている訳だけれども、何故だか答えが気になって俺は何時になく思考を重ね続けた。
時折吹き付ける風がほんのり冷たい。折り曲げた足が痺れてきて尻を地面に着けてしまったら、足がムズムズしてなんとも気持ちの良くないくすぐったさが湧き上がる。それが思考の邪魔をして煩わしいと眉を寄せながらまた先輩を見下ろしてみた。さっきより奥へと進んだ先輩は一度もこっちを見上げず黙々と地獄に続く穴を掘り続けていて、きっと俺の存在を忘れてしまっているに違いない。
なんだかそれがすごく癪に触るものだから穴の中に向かって先輩の名前を読んでみた。その瞬間、先輩の黒を薄くして曇らせたような曖昧な色の髪がふわりと動いて俺を見上げてくる。
「地の獄に続く穴を掘るのは結構ですけど、まだ地の底に落ちないでくださいね」
漸くこちらに意識を向けた先輩に気を良くしながら俺は会心の笑みというやつを満面に湛えて穴の中に今思いついた気の利いた言葉を放り込んだ。さあ、先輩はなんと答えるだろうとワクワクしながら待っていたら、穴の中にしこたま響くため息を返されて呆気なく終わる。またまたそれが癪に触るものだから、むぅ、と黙り込んで次に放り投げてやる言葉を考える為に首を捻った。それに伴いくきりと関節の音が漏れる。
「籐内、忍はいずれ其処に行き着くって言ったよね?」
「ええ、ええ、言われましたよ」
拗ねた気分のまま態とらしく言葉を繰り返して不機嫌さを表明してみせた。子供っぽいと思われてしまっても構うものかと立てた膝の上に顎を乗せて、両手で二本の足をぎゅうと手繰り寄せる。
「今掘ってるのは、行く道じゃあないよ。帰るための、救うための道」
何度説明させるの?と不機嫌そうに唸る先輩には最早日光は降り注いでいなくて、もうそんな奥まで掘り進んでいたのかと呆れながら穴の中を俺はのぞき込んでみた。先輩の何度も連なる意味のわからない台詞なんてもう俺の頭の中にはなくて、先輩が薄闇の中にいる現実だけが頭の中にすとりと入ってくる。
その瞬間、背筋がぞっと寒くなるのを感じた。なんだか先輩がこのまま穴の中から帰って来なくなるんじゃないかという意味のわからない不安が胸中に去来して、そのままじくじくと俺の胃の辺りを灼いていく。
「綾部先輩!」
たまらず叫んだ声は裏返っていたけれど先輩は笑わなかった。ただこちらをじっと見上げてくる透明な瞳に俺は引っ張られるようにして両膝を地に着けて、穴のなかに半身を突っ込んで先輩の方へ手を伸ばす。
「もう地の底なんて良いですから、今日は止めましょう?」
「………やだよ」
踏子を握り直した先輩は駄々っ子のようにいやいやと首を振って差し伸べた手を拒否したけれど、俺は自棄になったようにもう一度手を伸ばした。
「先輩が嫌って言っても引き上げますからね!」
いつもはこんなに強気で出ることなんてないのだけど、今この手を差し出さなければ先輩と途方もなく行き違ってしまいそうでそれが怖くて手を伸ばし続ける。
「籐内、何度だって引き上げてくれるっていうの?」
「あ、当たり前です!」
喚いた声はわんわんと穴の中に響いて煩いことこの上なかったのに、綾部先輩はうっすらと笑みを浮かべていた。
「じゃあ、引っ張って」
下から差しのばされた手を掴んで渾身の力で引っ張り上げる。綾部先輩も空いた手に苦無を握って壁面に突き刺しながら俺の手を頼りに這い上がってきてくれたお陰でなんとか彼は地表に辿り着いた。
「まぶし……」
細められたせいでふさりと落ちた睫がふるふると揺れて俺はそれをなんとも落ち着かない気分で見つめる。
綾部先輩は漸く目が慣れたのかパチパチと瞬きながら俺の顔を見返してまたにこりと笑った。
「また籐内に惚れ直してしまったよ」
だからお前に縋ってしまいそうだ、と零した先輩の顔は笑っているのに何処か寂しげで、意味なんてわからなかったけれど胸がぎゅうと痛んだ。


そして穴は密かに抉れていくのを停止する。それはきっと一時的なものだろうけれど。






end



勝手に続けてみました。

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