企画2

□素直に伝える難しさと喜びと
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※年齢操作あり。
一年→六年









外から吹き込んでくる暖かい風に身を委ねながら自室の畳に寝転がっていると、ひらりと鼻先に桜の花びらが舞い込んできて指先で摘みあげてみた。それをしげしげと光に透かしている所へ影が差して、太陽の光を凝縮したふわふわ頭が「さくら!」と嬉しそうに笑う。別に珍しいものでもないのに彼は大きな丸いめがねがずれたまま、俺が摘んでいた花びらを指先でつついてまた笑った。
「めがね」
花びらを摘んでいない側の手でめがねを押し上げてやったら、そばかすの浮いた頬がふくりと膨らんでまた笑みが深くなる。本当によく笑う奴だな、と感心とも呆れともとれない曖昧な心地のままその顔を見上げていた。すると視界から顔が消えて、横に座ったような気配がする。顔を見て会話したいとかそんなことは全く考えていなかったけれど、つられたように体を起こすと目が合った。
「きりちゃん、さくら見ると初めて会った時を思い出さない?」
まだ律儀に摘んでいた花びらを指されて俺は暖かさで緩んだ頭をゆっくりと回転させながら数年前の春を思い起こす。初めて会った時から人懐っこかった乱太郎、しんべヱと忍術学園の門を潜った時確かに同じ花びらが鼻先を舞っていたようだった。あれから五年。長いようで短かった学園生活は今最後の一年に差し掛かっていて、最高学年を示す緑色の制服はまだ肌に馴染まない。
「五年って長いようで案外短かったね。この一年で学園生活が終わるなんて信じられないよ」
「………そうだな」
しみじみと呟く乱太郎がすごく爺むさく見えたが、言えば拗ねるのがわかっていたから俺はそれ以上何も言わなかった。横目に見る彼の背中は結局五年経ってもヒョロヒョロとしたままで頼りなく細いままだったが、この背中が見えないとどうにも不安になるのだから可笑しなものだ。
今思えば乱太郎がいてくれたから俺はクラスに馴染めたのだし、この学園に居続けることが出来たのだ。彼に会わなければ不幸な境遇(冷静にこんなことを思えるのも彼のおかげだ)のせいで拗ねくれた、歪な餓鬼のまま学園を去っていたかもしれない。
「五年前きり丸に会えてよかったな。なんか今更だけどさ、出会ってくれて有り難う。きり丸に会えてなかったら今の私はいないんだよね」
これから一年また宜しくね、と照れたように頬を掻いている乱太郎は例の笑顔で俺の肩を叩いた。五年も一緒にいると思考の仕方も似てくるらしい。俺と同じタイミングで同じことを考えていたなんて。
だけれど俺は乱太郎のように素直に気持ちを吐いてしまえなくて、「応」とだけ答えたきり言葉を切ってしまった。これが俺の悪い性分だ。
伝えるだけ伝えてすっきりしたのか、乱太郎は一年の頃から口ずさんでいる懐かしい歌を小さく歌っている。その姿に摘んだ花びらを重ねながら俺は暫く口を開きかけては閉じてを繰り返し、十回目を数える頃に漸く決心をつけた。こういうものは勢いが大切だ。決めた瞬間に吐いておかないと直ぐに決心は鈍る。
乱太郎は外に気を取られていて「おーい、しんべヱ」と手なんか振っていたから、きっと聞いちゃいないだろうと小さな声で「こっちこそ、有り難う」とささやかに伝える。
やっぱりこんなの柄じゃない、と摘んでいた桜を手の中にくしゃりと丸め込んだら、そっぽを向いたままの乱太郎から「どういたしまして」と聞こえてきた。密やかな笑い声を含んだそれは俺に羞恥と共に暖かな喜びを齎し、そのせいで頬に熱が上がっていくのを感じる。
後からやって来た何も知らないしんべヱが俺と乱太郎を見比べて、丸い目を瞬かせながら「二人ともどうしたの?」なんて聞いてきたけれど、俺たちは答えを持ち合わせていなかったからしんべヱの手の中にあった美味そうな団子に話題をすり替えた。おしげちゃんと町に出かけたらしい彼の土産話をこれから聞こう。
美味い団子をお供に。





end





素敵な企画切なる願いに参加させていただきました。
あきさん良い企画有り難う!

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