企画2

□拝啓、暗闇より
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ごくり、鳴ったのは誰の喉だったのか。
俺のじゃねぇな、とわざと作り出された薄闇の中で俺はうんざりとした顔を隠しもせずに憮然と黙りこんでいた。障子戸に内側から壊れかけの御簾が張り付けられて日光を大雑把に遮っているのをチラリと見やって、あれは何処から見つけてきたのだろうかと斜め前で神妙な顔をして座る三之助を睨む。彼がひょっこりと現れた時にはもう御簾を小脇に抱えていて、それは用具委員である俺にも全く見覚えのない物だった。
三之助はその御簾をさっさと障子戸に貼り付けて、七松先輩から仕入れてきたという所謂怖い話を始めると言い出したのだ。左門は怖い話に興味津々でさっさと三之助の横に陣取って話が始まるのを待っている。絶対こいつ夜中厠に付いてきてくれと言うに決まっている、と思ったがなんだか楽しみを奪ってしまうのも可哀想な気がして結局黙って付き合っているのだが。

「いいか、今から話すのはこの学園で本当にあった話らしいんだけどな」
神妙な面もちで話し始めた三之助に左門がただでさえでかい目をぎょろりと見開いて、食いつかんばかりに聞き入っている。滔々と続く話はよく聞くような怪談話ばかりで、正直飽きてきた俺はこみ上げてくる欠伸を奥歯で噛み殺した。相変わらず聞き入っている左門は素直に驚くべき時に驚き、怖がる場所で怖がるという良い聞き役に徹している。ただ、意外だと思ったのは三之助が話上手なことで、これがこんなありきたりな内容でないなら聞けただろうに、と少し残念な気持ちになる。
「じゃあ、これが最後の話」
ぱん、と膝を打った音で場の空気が一転した。そのせいで襲ってきていた睡魔は遠退き、最後の話ぐらい聞いてやるかと俺も姿勢を正す。
「昔、この忍術学園に仲のいい友人同士がいたらしい。二人はいつも一緒に行動していて親友同士だった」
「五年の不破先輩と鉢屋先輩みたいだな!」
「そうだな」
まだ怖い部分に差し掛かっていないせいか元気が良い左門が俺に同意を求めてくる。この無邪気さがいつまで続くだろうかと半分心配、半分は呆れの綯い交ぜになった気持ちで彼を見やりながら当たり障りなく同意しておいた。
「その二人は卒業してもお互いの居場所を連絡し合って文のやり取りを続けていたそうだ」
「ふおぉ!そういうの良いな!!」
「こら!騒ぐな!!」
興奮しているせいかバタバタと腕を振り回しながら騒ぐ左門を慌てて抑えつけながら、俺はひっそりと胸中だけでため息をついた。左門はまだ子供っぽいところがあって、卒業しても三人一緒にいたいとか本気で考えている節がある。そりゃ俺もそんな平和的な解決方法があるならそちらに飛びつきたいけれど、今のご時世と自分達が目指している職から考えればそれが到底無理なことぐらいわかっている。だから左門のこういうところが眩しくもあり、疎ましくもあるのだが。
三之助は何を考えているのか騒ぐ左門をいつものぼんやりとした面持ちで眺めやりながら、顎を緩く撫でて話を再開した。
「二人はそれなりに忍務をこなしながら年を重ねていった。だけど卒業して10年ぐらい経った頃、片方からの文がふつりと途切れた」
そこで三之助の声が少し低くなり、左門が身構えるように肩を強ばらせる。
「友人は心配して何度も文を出したが一向に返事は来ない。仕事柄、命を落としたか連絡出来ない状況に陥ったかと最後には諦めた。それから一年後、消息を経った友人から文が突然届いた」
今までと違う話の流れについ俺もつられて聞き入っていた。薄暗い部屋に訥々と紡がれる声がしんしんと降っては溶けるように消えていく。
「手紙の冒頭は『拝啓、暗闇より』と奇妙な行から始まっていて、友人は首を傾げた。何かの比喩かと思ったけれど、何のことかわからない。文には今いる場所がとても暗くて寒い場所で、心細いとだけ記されていた」
そこで一旦言葉が途切れて静寂が訪れるかと思ったが、外から同級生達の騒ぐ声が聞こえてきてなんだかこの部屋だけ隔絶されてしまった気がしてきた。言葉が三人の間で消えてからとてつもなく長い時間が過ぎた気がしたが、実際は三之助が口を休めるだけのほんの少しの時間だったのだろう。また三之助が話を始めた時、俺はなんだかほっとしてしまった。
「それから一月して、また文が届いた。その文はまた『拝啓、暗闇より』と書いてあって、ここは寂しい、会いに来てくれとだけ書いてあった。友人は心配になって、文に書いてある所在地に出かけてみた。行ってみたらそこはなんと、寺だった」
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