文章1

□偽りの君と翁
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※死ネタ、成長あり











さらりとした白い背中を見せる人形がうなだれたままくたりと僕の手を待っている。
長い歳月をかけて漸く完成した人形はじっと螺子を回す手を待ち続けていた。幼い子供を模した小さな肩に優しく手をかけてから、小さな穴に螺子を差し込んできりきりと何十年もの時を遡らせる。
カチリ、と音をたてて人形がゆっくりと首を擡げて僕の方を振り返った。その動きに合わせて高く結い上げた黒髪が肩でさらさらとなる。
「おはよう、伝七」
にこりと笑いかけたら、人形がつり上がった猫目をきゅっと細めて「おはよう」と鸚鵡返しに喋る。彼は覚束無い手でよたよたと周囲を探りながら、きしきしと膝だけで器用に歩いて僕の膝元に辿り着いてまたにっこり笑った。
「伝七、僕の名前を呼んでごらん」
小さな頭を両手で包み込んでやりながら尋ねると人形は可愛らしく首を傾げた。答えられるわけがない。まだ僕はこの子に名前を教えていない。
老いてやせ細った指を彼の滑らかでふくりとした頬にかけながら僕は名前を人形に教えてやる。すると人形はかつての伝七と同じ声、同じ抑揚で「兵太夫」と僕を呼んだ。当たり前だ、僕がそのように喋らせるために細々と作り込んだんだから。
「兵太夫、兵太夫」
「なぁに?」
剥き出しの体に着物を着せてやりながら何度も僕を呼ぶ声に答えれば、人形は僕の体にぎゅうと抱きついてもう離さないといわんばかりに縋りつかれる。本物の伝七はなかなかこういうことはしてくれなかったから愉快な気分になった。
伝七の髪を使って、伝七の着ていた服を誂えなおして着せて、伝七の声を再現して、行き着く人形の行動は伝七がやりたがらなかったことだなんて。性格までは再現出来なかったかと苦い笑いが込み上げる。
「さあ、伝七。着物を着ないと……」
「兵太夫、」
抱きついたまま僕を見上げる人形の瞳がゆらりと揺れた気がした。そんなまさか。人形の目にあの子のような涙が浮かぶわけがない。
「ずっとずっと兵太夫といっしょ?伝七はいっしょ?」
こくりと首が傾げられて、人形が教えていない言葉を繰り出したものだから僕は軽い驚きで目を瞬いたが、直ぐにまた苦い笑いが込みあがった。
嘘つき伝七。お前の方が僕を置いて逝ったんじゃないか。黒髪を真っ赤に染めるものだから洗うのにどれだけ僕が苦労したと思っているの。戦場から死体を連れ帰るのにどれだけ僕が苦労したと――――。
もう枯れたはずの涙がまた頬を滑り落ちていった。人形の堅い指が僕の頬を撫でる。
もう人形は話さなかった。






end



某さんが素敵なことを日記で呟いてらしたので、創作意欲ムラムラさせて書きましたが、なんか、すみませんなことになりました。
でも楽しかった。

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