文章1

□夕暮れカンタータ
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嘘つき。

いつの間にかに落ちた言葉に私は慌てて口を抑えた。
私の二歩前にいた先輩が眩しいくらいの夕陽を浴びながら「え?」と首を傾げる。
違う、違う、違うの。私が言いたかった言葉はこんなのじゃなかったの。目頭が熱い。こんなはずじゃなかった。今日は珍しく私と先輩とおまけの完二で帰ることになって楽しかったはずなのに、なんで私わかりきってること聞いちゃったんだろう。
調子に乗っていたんだと言われれば、そう。そうじゃなきゃ「先輩って実は好きな人いるでしょ?」なんて聞かない。先輩の一瞬驚いた顔の後に浮かんだ苦い笑みが網膜の裏にぎっちりと焼き付いて、瞬きの度に何度も何度も再生されて目の前の先輩と被る。
「………いないよ」って笑った時には先輩の顔は元に戻ってたけど、あの苦い笑いが私に先輩の答えを示していて胸がギュッて苦しくなった。私知ってるんだ、先輩の好きな人。だけど、もしかしたら、私の勘違いかもしれないなんて少しだけ調子に乗ってしまった。
馬鹿な私。勝手に確信して勝手に傷ついて泣きそうになって先輩をきっと困らせてる。
「……ふ、うぇ……っ」
自分を追いつめすぎたせいで涙が零れだして、とうとう先輩が泣き出した私の元まで戻ってきてしまった。完二は最初から私の横にじっと立っていたから夕陽の赤い光の中に先輩の足音だけが響いていて、それをじっと待っていた完二が小さな声で「陽が……」と囁いた。先輩が振り返った時より酷くなった赤さが眩しくて余計に涙が零れ落ちる。
「……おい、九慈川」
そっと横から差し出された藍色の綺麗なハンカチを奪うように取って、ぎゅうっと目に押し当てて先輩と夕陽を視界からシャットダウンした。完二のくせに良いタイミングで気遣うからムカつく。
視界を藍色に染めながらぐっと顎を引いた瞬間、ふわりと頭を撫でられた気がしてついハンカチを離してしまう。視界は予想していた赤には染まず、赤と藍が混ざり合う微妙な優しい色合いに染んだ。
「りせ、ごめん」
その色合いの中に溶けそうな先輩が優しく囁く。泣かせてごめん、なのか嘘ついてごめん、なのかそれとも私の気持ちとか全部分かってて全てひっくるめてのごめん、なのか馬鹿な私にはわからなかった。だけど涙が余計に込み上げてきて、私は失恋してしまったのだと漸く実感した。

私が一頻り泣いた後、先輩は何も聞かずに完二に私を託して分かれ道を歩いていった。いつもなら「送っていく」なんて紳士的な優しい一言をくれるけど、先輩は異常な程に空気を読んじゃうからただ「また明日」って言っただけ。
もう薄闇が足元に迫り始めていて私と完二はそれから逃げるように黙々と歩いた。完二は何も喋らない。
「……完二、私のこと、馬鹿だと思ったでしょ?」
ローファーの爪先を睨みながら、別に答えが帰ってこなくても良いと思った。だけど完二は「思わねーよ」って呟いてため息をつきながら後ろ首を左手でさすった。
「人ってやつは、分かり切ってる答えでも目の前に突きつけられないと、納得出来ねぇ生き物だろ」
「……完二も知ってたんだ、先輩が別な人好きって」
ローファーの爪先が小石を蹴り上げて路肩の隅のほうに転がり込む。完二は「あー」って言いにくそうにまた後ろ首をさすっていたけど、助け舟なんて出してやりたくないから私は転がった小石の行方ばかり気にしているふりをした。女の子はずるいものなのだ。
完二がまた小さな声で発声練習みたいに「あー」って言った後、「たぶん、九慈川と俺しか気付いてないんじゃねぇ?」って内緒話みたいに囁いた。
「あの人、気持ち隠すの上手いだろ。でも、上手すぎて、違和感で俺は気付いてたっつーか」
「ふぅん、完二のくせによく見てるじゃん」
「"くせに"は余計だろが」
不機嫌そうにまた黙った完二が首を傾けて何か考えるように暗くなり始めた空を見上げている。私も一番星が瞬き始めそうな空を一緒に見上げて首を反らす。
「俺ぁ、正直恋愛とかわかんねぇけどよ、あの人が気持ち隠すのはどうかと思うぜ」
「でも言ったって解決しないってわかってるじゃない。相手………花村先輩なんだから」
漢字二文字、音にすると四文字の名前を口にしただけで気分は一気に急落してそのままぱちんと弾けてしまうんじゃないかと思ったけど、私は変わらず夕暮れの中に立っていた。先輩も、花村先輩が私や雪子先輩のことを綺麗だとか可愛いとか、軽口で惚れたとか言う度にこんな気持ちになっているのだろうか。そう考えると、なんだか余計に胸がシクシクと痛んだ。
「……なーんか、変なの」
素直に零れた言葉に完二の視線が私に向いたのを感じる。
「人が何人も死んでる事件解決しようとしてるのに、それと同時進行で恋で悩んでるなんて」
空を見上げていた視線を前に戻すと、見慣れた商店街のバス停が見えてきた。道を挟んで横のガソリンスタンドには二台、仕事帰りらしい車が給油のために並んでいる。
完二が「俺らはまだガキなんだからそんなもんだろ」って投げやりな感じで呟いた。投げやられてるなーって思ったけど今はそれくらいが丁度良くて構わず二人で歩いていく。
明日どんな顔して先輩に会えばいいんだろう。完二に聞いたら「普通でいいだろ」って軽く返されたけど、そんなことが平気で出来る人間だったら私はアイドル辞めてない。
ため息をついたらもう家についていて、ムカついたから別れ際に完二へ「バ完二!」ってあっかんべえしてお店の中に走り込んだ。背中に浴びる予定の罵声はなくて、ちょっと肩透かし。
唇を尖らせてみたけど後ろは振り向かなかった。




end

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