文章1

□揚羽蝶
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今日は朝から町が騒々しい。
母さんがいつものエプロン姿でパタパタと家の中を行ったり来たりしていて、父さんは自営でやっている八百屋の店先で町内のおじさんたちと何か大きな声で喋りあっている。
今日は年に一度の夏祭り。それも隣り町と合同で行われる2日間の大きな祭りだから町中が浮き足立って大人たちは大変な騒ぎようだ。それは子どもたちも例外でなく、俺の住む商店街の幼なじみたちも朝から既にお祭り騒ぎで凄まじい。俺もお祭り騒ぎが好きな方だから去年までは幼なじみたちに混じって騒いでいたのだが、今年は状況が違った。
元々この祭りはうちの町と隣町の神々を奉るためのお祭りで、相当伝統のあるものらしい。なんでもうちと隣町の神はとても仲の良い夫婦神らしく、彼等は一年に一回だけ逢瀬のために片方の町を留守にするのだ。留守にするのは一年交代で、今年は隣町を護る男神がうちの町の女神を訪問する年にあたる。その間空っぽになった隣町の住人は魔を寄せない為に夜通し火を絶やさず酒を呑んで騒ぐのだ。これを去年はうちがやり、女神が帰ってくるまで篝火が焚き続けられた。
問題はここからだ。
神々は移動する度に自分の選んだ案内人を所望するのが習わしで、案内人は一年毎に地区間で廻る決まりになっている。順番の来た地区は、13〜18歳の地区在住者を籤でランダムに1人選び出し、それが神の選んだ遣いとして神主から案内を命じられるのだ。
そして、今年の案内人は17歳で範囲に入ってしまった俺だったりする。普段くじ運は全くないのに、何故かこういう時だけ当たってしまうのはどういうことだろうか。部屋の壁にかかった巫女さんのような衣装が目に入る度に気が重くなってくる。今日の昼にはこの衣装を着て町境まで行き、男神の乗った神輿を隣町の案内人と一緒に女神の待つ神社までお連れしないといけない。
それだけでも面倒なのに、案内人は男神が帰るまでお社にいなければいけないのだ。勿論、泊まりで。折角の祭りなのに出店を回ることも出来ないなんて最悪以外何て言えばいいかわからない。幼なじみたちは土産を買ってきてやるからと慰めてくれたけど、みんなでワイワイ言いながら買い食いする楽しみが味わえないのは辛い。
はぁ、と何度目かわからないため息を吐いた時、トントンと軽やかな音をたてて誰かが階段を登ってくる音がした。きっと幼なじみの1人だろうと振り向くと、開け放してある自室のドアから見知った影がひょこりと頭を出す。大きな目がきょろりと巫女衣装を捉えてから「まだ着てないの?」と突然の来訪者は俺に聞いた。
「そろそろ着なきゃいけないんだけど、現実逃避中」
苦笑いしてみせると来訪者は勝手に部屋に侵入してきて、俺が座っているベッドに登ってきてちまりと座る。祭りのために紺地に鮮やかな花々が描かれた浴衣を身に纏った幼なじみは、髪を綺麗にアップして簪を何本か差していた。「これ、三郎?」と尋ねるとこくりと返答。隣の尾浜豆腐店の娘である同い年の幼なじみはあまり髪型に気を遣わないタイプなのだけど、商店街にある洋菓子店の双子の弟が異様に手先が器用なお陰でこういう行事の時はいつも可愛い髪型をしている。俺も例年通りならお世話になっているはずだったのだが。
「勘右、みんなは何してんの?」
「店の手伝いしてるよ。兵助もうち来て手伝ってくれてる。七松先輩は遊んでるけど」
「…そっか」
「何、そんなに役目は嫌?」浴衣の肩が揺れる度に髪に差された簪の飾りがゆらゆらと揺れて光を弾く。
「そりゃ、嫌だよ、社籠もっとくの退屈だしさ」
代わってよ、と冗談めかして笑いかけたら「やだ」と直ぐに首を振られた。やっぱりみんな嫌だよな。
「あーあ、男神の遣いって人も知らない人だしさ」
「顔だけなら見たよ。綺麗な人だった」
「あ、そーなんだ、それは安心………え?」
頬杖をついたまま勘右を見返すと、大きな目がぱちぱちと瞬いて「言ってなかったっけ?」などととぼけている。
「和菓子屋の、左門の従兄弟が友達なんだって」
「初耳なんですけど!」
なにそれ!と勘右に詰め寄れば、彼女は肩を竦めて「写メ見ちゃった」と悪戯が見つかったように笑った。話によると左門の従兄弟は社に籠もりっぱなしになる友人を哀れんで既に和菓子屋へと来ているらしい。
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