文章1

□我が儘な微睡み
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ぽかぽかと心地良い陽気の日だった。風を通さないせいで余計に暖かい生物小屋で虫たちの面倒を見ていた竹谷先輩が大きな欠伸をして目を擦っていた。欠伸のせいで零れた涙を拭いながら「ねみぃ」と小さくぼやいている。
「寝てないんですか?」
あまりに眠そうだから尋ねると、同級生たちと鍛錬していたせいであまり寝ていないのだと返される。それからぼんやりと僕の顔を見下ろしてから徐に肩へと顔を寄せてきた。すりすりと猫のように鼻を擦り付けながらまた眠いとぼやいている。竹谷先輩からこんなことをしてくれるなんて滅多にないものだから、僕の胸はきゅうっと鳴って彼を抱きしめたくなった。だけれど竹谷先輩は僕に抱きしめられるのが些か苦手なようでいつも抱きしめる度に眉間に皺を寄せて嫌だとか何だとか言いながら逃れ出てしまう。接吻は許してくれるが、抱擁は駄目。でも竹谷先輩からの抱擁は大丈夫らしく、気紛れに抱き締めて満足すると離れていく。
今現在、付き合っていることが奇跡だと思っている僕はそんな仕打ちも別段嫌だとは思わない。彼が望まないことはやらない、それだけだ。
依然として僕の肩に顔を押しつけている先輩をそのままに自由になる右手だけで虫たちの籠を奥へと押しやる。あまりにも動かないものだから寝てしまったのかもしれないと広い背中を撫でた。
「それ、もっとしてほしい、かも」
耳元から聞こえた声にまだ起きていたのかと驚きながらも彼の要求通り背中を撫で続けていると、半分寝ぼけたような顔が上がって長い腕に抱きしめられた。自然と寄った膝同士がぶつかって竹谷先輩が忌々しそうに舌打ちを漏らす。
「孫、重いの平気?」
「はぁ、ある程度」
尋ねられた内容の意味がわからず首を傾げれば、僕を抱きしめたままもぞもぞと動き出した竹谷先輩が膝の上に乗ってきて、太腿で僕の体をぎゅっと挟んだ。こういう意味かと理解はしたが、自分より身長も高くて体格の良い男の重みには流石に耐えられない。それが愛しい人の重みでも。
「すみません、無理っぽいです」
背中に回した手をぱたぱたと動かすと「やっぱなぁ」と残念そうに呟いた竹谷先輩はまたもぞもぞと動いて僕の膝の上から降りようとする。物凄く珍しく竹谷先輩から甘えてきたのにそれは勿体無い気がして、「寝ればいけます」と言ったら「なんだそりゃ」と笑われた。それでも動きは止めた先輩に同意の意味だろうかと思いながら先輩ごと床に倒れたらあっさりと転がってくれた。
本当に眠たいらしく、このまま眠ってしまいそうな彼の腕の中で少しだけ身を捩って先輩の頭が僕の胸に来るような位置へ収める。そしてまた背を撫でていたらぎゅうと抱きつかれた。
「孫も抱き締めて」
そしたら寝れそう、と続いた言葉はどんどん小さくなって寝息へと変わる。「眠れてるじゃないですか」と呟けば腰に絡められた足が僕を引き寄せてより一層体が密着した。僕が笑いながら竹谷先輩の背中を抱き寄せると、甘えるように胸元に鼻をつっこまれた。



end

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