文章1

□年下だったはずの男の子
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あの夏祭りから二週間ほど経った夏の日、いつもと変わらぬメンバーで多群しながら左八子は複雑な気持ちを抱えていた。
蹴り上げた小石が綺麗な放物線を描いた後ころりと道路の隅に転がる。
サンダルのつま先で蹴った割に跳ね上がった小石は左八子の視力だから行方がわかるものの、かなり遠くに転がっていて一緒にいた三郎がひょろりと高い背を曲げて「あっぶな」と独り言のように注意喚起した。商店街のアーケードの下から蹴り上げたせいで屋根にぶつからなかったことを安堵しているらしい。
「お前さ、脚力普通の女子よりあるんだから気をつけろよ」
「……」
「なにむすくれてんだよ。かっわいくない顔がより不細工になるぞ」
猫背を余計に折り曲げて身長の低い左八子にわざと目線を合わせるとふっくりした頬を両側から挟み上げて一人でおかしそうに笑う三郎の横で、ホームランバーのバニラを啣えていた兵助が太い眉を歪めて口の中のアイスを一気に飲み込む。
「八は人並みだろ、顔」
「そうかなぁ、人並みより可愛いと僕は思うけど」
道端に設えられたベンチに座っていた雷蔵がピノを頬張りながら三郎を窘めるように睨んだ。こういう時一番に助け舟を出す勘右はかき氷を頬張り過ぎて出遅れ、ベンチの上で頭痛に身を捩らせている。
話題の渦中にいる左八子はまるで周りの声など聞こえなかったように三郎の手を振り払ってつかつかとまだ唸っている勘右の横に座り込んだ。そのまま膝を引き寄せて丸まったまま黙り込むものだからみんな困ったように視線を合わせるが、彼女はむすりとした顔を崩さない。
「ちょっと、どうしたんだよ〜」
最初にアクションを起こしたのは勘右で、溶け出したかき氷の袋をひたりと頬にくっつけながらおどけたように笑ってみせる。左八子は少しだけそれに反応すると柔らかな友人の体に擦りよるように身を寄せた。昔と違って柔らかで良い匂いがする体に自分と同じだと少し安堵する。
「……なんで女の子なんかに生まれちゃったんだろ」
「え、どうしたの?」
何かあった?と心配気に声をかけるのは勘右だけで雷蔵は気まずそうに最後の一個のピノを頬張って、兵助はホームランバーの棒を前歯で噛んだままじっと大きな目で見つめるだけだ。三郎もアスファルトをスニーカーの先で蹴って困ったようにその場に座り込む。男三人は彼女と境遇を異にしているせいでかける言葉を見つけられないでいた。
「…なんか今更だけど、昔の男だった自分と、今の女の自分と上手く折り合いつけらんなくてさ」
ぽそりと落とされた言葉に勘右だけ小さく同意の言葉を漏らす。
「そういうことが何かあった?」
「ん、この前孫兵くんと再会して今と昔のギャップに悩むんだよ。ほら、俺年上で同じ男だったから、今の孫にちょっと…」
駄目だよなぁ、と立てた膝に額を押し付ける左八子の頭を勘右はなんとも言えない気持ちで見下ろした。確かにそれは自分にも覚えのある感覚だったが、それを感じていた男たちは小さな頃から一緒にいるせいで左八子のように突然降って湧いたわけではないから少し状況が違う。
アイスの棒をかじるばかりで黙っていた兵助が大きな目をぱちりと瞬かせて「しょうがないだろ」と投げやりに呟いた。
「俺もこの前タカ丸に初めて会ったけど、あいつ女になってたから扱いわからなくて怒らせたし。…しょうがないだろ、室町じゃないんだから」
そう言って啣えていた棒を器用に投げて数メートル離れたゴミ箱に投げ入れた兵助はなんでもないようにゴミ箱に背を向ける。ただ左八子は兵助が投げた棒がゴミ箱の網目に突き刺さっているのを見て、悩んでいるのは自分だけじゃないのだと気付いて反論しようとした言葉を飲んだ。時代が移り変わろうと自分たちの体にはあの頃の記憶が染み着いていてそこから脱却出来ずにみなもがいているのだ。
「でも室町がなけりゃ僕たちは"再会"出来なかったわけだし、難しいね」
兵助に続いて苦笑いした雷蔵が真似るように空箱を投げて刺さった棒を落とす。
「つうか、それまず本人に言えよ。好きなんだろ」
とん、と三郎の踵が小石を蹴り上げてゴミ箱の中に落とし込んだ。もうほとんど溶けてしまったかき氷を啜っていた勘右は不器用な幼なじみたちに苦笑して左八子の丸まった肩をとん、と叩いてやった。
「相談には乗ってやるから、みんなで折り合いつけてけばいいじゃん」
ね、と駄目押しのように微笑まれて左八子はそろそろと頷き脳裏に浮かぶ伊賀崎孫兵の綺麗な横顔に唇を噛んだ。





end

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