文章1

□年上だったはずの女の子
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※綾浦、富数、次さも前提で匂わす程度の表現あります。














「なんであんなに左八子さんは可愛いんだろう…!」
学校帰りの学生たちでごった返すファーストフード店内で、何度めかわからない孫兵の台詞がざわめきに飲まれた。
それを何度も繰り返し聞かされている一同はうんざりとした面もちで適当に相槌を送る。室町の時彼はここまで恋人のことについて煩く語ることはなかったのだが現在はよく喋った。年上で男だった恋人が自分と同い年で身長も小さいのが大分嬉しいらしい。室町では自覚していなかったのだろうが、孫兵は矢張り男で愛する存在は小さくて庇護欲を掻き立てる方が好みだったのだ。
作兵衛はジンジャーエールを飲みながら何だか引っかかるものがあると首を傾げる。友人の幸せは勿論祝福してやりたい。だが何かがチクリと引っかかる。籐内もそれを感じていてポテトを摘みながら何か見落としていやしないかと孫兵の横顔を辿った。
それでも何かピンと来ないのは二人が室町から引きずった恋人がまたも同性だったから。籐内は女に生まれついたのに相手も女、作兵衛は男に生まれ相手である数馬も男だった。それを地味に気にしている数馬は孫兵を羨望の眼差しで眺めれど、引っかかる違和感も見つけられずにチーズバーガーをかじった。
ただ、三之助だけはその引っかかりの正体を知っていながらも黙ってビックマックにかぶりつく。彼は室町から方恋している相手が女に生まれ変わっていたから知っていた。相手は昔から三之助より小さかったが現在では更に小さくなり、同じだった年齢は相手が二つ下になった。
三之助も男だ。だから昔より庇護欲を掻き立てる存在になった彼女が可愛くて恋しくてたまらなかった。そんな三之助に彼女が言った言葉。
「孫兵はそんなに女が良かったのか?」
今までアップルパイにかじり付いていた左門の突然の言葉が一同の真ん中に投下されて、作兵衛と籐内の引っかかりは解消された。数馬は小さく声を上げて羨んだ自分を恥じ、三之助は自分にも向けられたことのある左門の真っ直ぐで純粋な目を思い出してビッグマックにかぶりつくのを止めた。
「そんなわけないよ。僕はあの人だから好きなんだ」
性別なんてどちらでもいいんだ、と先程とは違う柔らかな口調で微笑む孫兵に左門は小さな頭を動かして「ふぅん」と同意を示す。
「きっと僕はあの人が男であっても同じように褒め称えて君たちをうんざりさせる自信があるよ」
すっ、と綺麗な顔で自信満々に胸を張って宣言する孫兵に作兵衛たちは自覚があったのかと心中だけでそれぞれに呟いた。ただ左門だけがシェイクを啜りながら小さな声で唸る。
「……でもそれ竹谷先輩に言ってあげた方がいいと私は思う。何か悩んでるらしいって尾浜先輩から聞いたぞ」
左門がそう言い終わるか終わらないかという時、安っぽいスチールのテーブルがガタガタと鳴った。五人が見上げた先で孫兵が顔を真っ青にして通学鞄を手にすっくと立っている。
「…今から左八子さんのとこへ行ってくる」
「はぁ?!」
「えっ!?」
「ちょっ、えーっ!」
「…マジかよ」
「いってらっしゃい!」
口々に飛び出した友人たちの言葉を孫兵は悉く無視して颯爽と店から飛び出して行った。
残された五人はその後ろ姿を見守りながら、彼は矢張り室町から一切ぶれていないことを確認してそれぞれため息をついた。





end

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