文章1

□夕暮れアダージョ
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「花村ってさぁ、月森くんのこと好きでしょ?」

夕闇迫るジュネスのフードコートで里中が買い物袋を揺すりながら天気の話しでもするみたいに何気なく問いかけてきた。あまりに暢気な口調だったからつい俺も釣られてうんと頷きそうになる。
お使いを言いつけられた里中とシフトを確認しに来た俺が鉢合わせて、何故か話があるからとフードコートまで引きずられてきたのだ。そしてこれだ。平日でしかも夕方のフードコートは閑散としていて店員も最低限しか配置されていない。珍しく奢りだというオレンジジュースを飲みながらこの突然の問い掛けにどう答えるべきか脳みそをフルに使う。
「……つか、好きとかいきなりなんだよ。月森は俺の相棒で親友でさ、それ以上でも以下でもねぇよ」
「いや別に月森くんの立ち位置を聞いてるわけじゃなくて、花村の気持ち聞いてんだけど?」
取りあえず里中レベルならこれでかわせるだろうと用意した台詞はあっと言う間に反撃を受けて撃沈。次に続ける言葉を見つけられなくて結局俺は黙った。
里中といえど女子は恐ろしい。隠していたはずの気持ちをあっさり勘とか不確かなもので看過して男を叩き潰すのだ。この前まで先輩に向けていた気持ちがいつの間にかに、悠然と俺の横に立つ親友に向いていたなんて恥ずかしくて言えるものか。移り気でどうしようもない自分を晒したくないのは誰だって同じはずだ。
「別にあたしは男同士だからどうとか、そんな言うつもりはないんだからね。ただ、聞いてみたかっただけ」
陽がゆっくりと落ちてきて周りの風景が里中ごとじわりじわり赤に染みていく。少し俯いた里中の睫が微かに揺れて、いつもの姿とは全く違っていて何故だか気持ちが安らいだ。知らない相手に痛い腹をつつかれても恐怖は湧かない。
「花村がさ、あの先輩に義理立てして気持ち押し込めてんじゃないかってちょっと心配してみたんだ。…らしくないよね」
ははっと笑ってうつむき加減なままストローを啣える里中に自分と似た空気を感じてこいつになら零していいかもしれないと思ってしまった。
今まで一人で抱えてきた思いを少しだけ吐き出してみてもいいかもしれないと。
「…里中、お前は先輩以外を好きになってもいいって言うのか?」
思ったより掠れた声は赤く染まりきった大気に呑まれて消えた。そのまま誰の耳にも届かなければいいと思ったのに里中は顔を上げて俺をじっと見てから「当たり前じゃん」と呟く。
「花村は生きてるんだからそれを誰も責めたりはしないって」
「…そんなもんか?」
「そんなもんよ。だってあんたが先輩の死から立ち直ったってことでしょ?」
「……そっか」
そういう受け止め方もあるのかとゆるく首肯した俺に里中は何も言わなかった。また月森のことをつつくんじゃないかと思っていたから肩すかしだ。
夕闇が迫る。赤だった風景に青が侵入し滲んで、交わった先から夜がやってくる。
「そろそろ帰らなきゃ」
きしりと音を立てて里中の細い影が立ち上がった。俺も合わせて立ち上がりながら空になったカップを手にしてぷらりと振る。僅かに残った氷がカラカラと鳴った。
「明日探索の日だったよね。久々体動かせるわ〜」
先に立ってカップを捨てた里中がわざとらしい明るい声で日常になった非日常をなんでもないことのようにさらりと喋る。これでさっきの会話は打ち切りということ。俺も適当に相槌を打ちながらカップをゴミ箱に投げ込んだ。
買い物袋をぶら下げた女子らしい華奢な後ろ姿には何か強がりが含まれているようで、里中も俺のように心の内へ隠し事を住まわせているのかもしれないとなんとなく気付いた。同族だから俺の気持ちを嗅ぎ当てたのかもしれない。そして俺も。
でも今はとてもそこに気を回してやれる気にはなれなくてため息をついた。

夕闇が俺たちをゆっくりと確実に塗り潰した。





end

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