文章1

□もう潮時にしましょう
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※転生・年齢操作注意






いつもいつも海を臨んでしまうのは、ひょっこりと貴方が海から現れそうだから。
そして貴方はいつもの馬鹿にしたような意地悪な笑顔で、「なんて間抜け面してんだ、流石アホのは組だな」って言ってくれるのだと夢想するのだ。


*******


ガタゴトとバスに揺られているせいで風呂敷に包まれた商品が膝の上から滑り落ちそうになってもう一度抱えなおした。
僕は今生では染め物屋の息子ではなかったけれど、昔の記憶が恋しくて追いかけるように染め物の世界に飛び込んだ。今は修行中なのだが、センスがあるからと親方に気に入られて僕の考案したものが商品化してもらったりと、かなり恵まれた毎日を送っている。
今日も僕が染めた商品を試験的に得意先の旅館に置かせてもらっていて、それを配達しに行っている最中だ。
旅館は染め物工房がある山手から下った海側にあり、昔なら1日かけて歩かなければ着きはしなかっただろうけれど、今はバスで一時間もかかりはしない。便利な世の中になったなぁ、と呑気に揺られていたら鼻にかかった声のアナウンスが目的地を告げたから降車ボタンを押してもう一度風呂敷包みを引っ張り上げた。

降車すると強い潮の香りが鼻を擽って、ついキラキラと光を弾く波間に目をやってしまう。
「……いるわけ、ないか」
いるわけない。いるわけがない。
あの波間の間に貴方がいるわけない。僕は時間を越えすぎたんだから。
あの時の肉体は朽ち果ててあの人との関係も0に戻ったのだから。
胸に抱えた風呂敷を揺すり上げて海から目を逸らした。
「もう忘れ時なんだよ、伊助」
もう一人の、室町時代の僕に向けた言葉は潮風に呑まれて消えていった。




end




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