文章1

□潮風の時に二人
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潮風が頬をなぶっていった。旅館への道を少し遠回りして港を歩いてしまっている自分を、今し方忘れようと言ったじゃないかと内なる僕が糾弾する。
室町の頃から僕は変なところで頑固だと言われていたけれど、今もそれは変わらずDNAに組み込まれているようで考えは簡単には変わらないらしい。今生の幼なじみである庄ちゃんはいつも「それも伊助のいいところだよ」と言ってくれていたのをふと思い出した。今彼は勉強の為に外国へ留学しているからなかなか会うことは出来ないけど、今無性に庄ちゃんの声が聞きたい気がした。
彼なら事も無げに僕の背中を押して、見失いかけている答えに行き着かせてくれるから。
ぶら下げていた風呂敷を胸に抱えなおしながらため息を一つついて、港を見回してみる。もうお昼を過ぎた港は朝に比べると閑散としていて、ゆったりとした時間が流れているようで少しだけ気分も落ち着いた。
漁が終わったらしい若い男の人がぼんやりと軽トラの荷台に腰掛けて煙草をくゆらせている姿も見えて、こののんびりとした港が一番好きだなぁと思ったところで、軽トラの男の人が頭に巻いている藍色の手拭いの柄に目が留まった。藍染に白抜きされた柄は僕が考案した、まさしく今腕の中にある商品そのもののように見えたからだ。
一瞬足を止めてどうしようかと迷ったけれど、男の人はこちらに背を向けているしバレはしないだろう、と少しずつ停車した軽トラに近付いてみる。じわじわと寄って行くにつれ見えてきた柄は、矢張り僕の手拭いと同じ柄だ。それを確認した瞬間僕の心は躍る。僕が作った製品を使ってくれている人を見るのは初めてだったので、先程の憂鬱な考え事などすっかり忘れて僕はその人に声をかけるべく走り出していた。



******



一仕事終えて港に戻ってきた俺は軽トラの荷台に腰掛けて煙草をくゆらせていた。
偶に頭に巻いた手拭いに触りながら、割り切っているつもりなのにと溜め息を零す。昔は昔、今は今の人生を送ろうと思っていたのに手拭いの制作者に会ってみれば良かったなどとぐずぐず後悔を続けている。
こんな時友人の左近は「なんて煮え切らない奴だ」と俺の頭を容赦なく叩いていた。今は養護教諭をしていて大分性格は穏やかになったが、思い出したようにズケズケと全くオブラートに包まず突っ込んでくるところは変わらない。久作なんかは「そう昔を嫌ってやるなよ」と笑うだろう。昔はガチガチに真面目で融通の利かなかった久作だが、今は大分柔軟な考え方を出来るようになっていて、それも昔があったからだと言っていた。
友人達の言葉を思い出しながら、会えば何か変わったのだろうかと煙を吐き出したら背後から「あの!」と声がかかった。なんだか聞き覚えのある声だと思いながら煙草の火を荷台に押し付けながら振り向く。
「その手拭いを作ったものなんですが」
カチリ。目が合った瞬間何かが組み合う音がした気がした。
サラサラと風に舞う細い髪、くるりと丸い瞳、「気にしてるんです」とぼやいていた少し上向き加減の鼻――――室町の三郎次が愛した男の似姿が、今俺の目の前で風呂敷を抱えて立っている。俺は驚きで言葉を失ったまま彼をただただ見返した。彼もまた俺と似たような顔をしていたが、きっと俺が初対面の相手に向かって変な顔をしたからだろう。
我に返ってから慌てて取り繕うように「手拭いがどうかしましたか?」と尋ねたら、彼もはっとした表情で荷台の俺を見上げて何度か目を瞬かせた。
「………あ、あの、僕はその手拭いを作った者なんですが、それを使ってくれている方を見るのは初めてだったので」
つい、嬉しくて声を……、と続いた声はごにょごにょと小さな声で、心なしか頬も赤くなっている。きっと勢いだけで声を掛けてきたのだろう、そんな所もよく似ているなんて運命の悪戯というやつだろうか。
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