文章1

□受け継がれるもの
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ぽかぽかとした陽気に町全体が暖められて浮き足立っているような感じがする。タカ丸は委員会の大事なお使いの最中だというのに久々にやって来た町が懐かしくて上級生たちに囲まれながらひょこひょこと機嫌よく歩いていた。
「こら、タカ丸。そんなによそ見をしているとはぐれちゃうよ」
ひらひらと泳がせていた手を引き留められてタカ丸は漸く現実に目を向けて「すみません」と火薬委員長の二郭伊助を見上げた。伊助は柔和な笑みを浮かべてはぐれないようにと手をひいてくれる。町育ちのタカ丸ははぐれても道がわかるから手をひいてもらう必要などなかったのだが、伊助の母親のような温かい手に甘えたくてぎゅっと握り返してまた機嫌よく歩く。その伊助の斜め後ろでは副委員長の池田三郎次とタカ丸より後輩だが一つ年上の久々知兵助が静かに並んで歩いている。
「あの、質問なんですが」
ふいに兵助が声を上げて自然と全員の視線が彼に集まった。タカ丸はこういう場面に自分が出会したらきっと意味もなく気恥ずかしさを感じて赤面してしまうだろうと思ったが、兵助の白い頬には一片も朱は昇っていなくて彼は堂々としていて自分とは違う感覚の持ち主なのだと変に感心する。
「質問って何かな?」
「二郭先輩、いつも火薬の買い付けは生徒には困難だからと先生方がなさっているのに、何故今日は僕たちが買い付けに行くのですか?」
みんなを代表して伊助が応えると兵助は「はい」と行儀よく返事してからきびきびとした口調で質問を返す。タカ丸はそれを聞きながら初めて知った事実に目を丸くした。つい最近三年に編入してきた彼は火薬委員会に入ってまだ日が浅く、今日召集されてお使いの話を聞いた時これが慣例的なものなのだとすっかり思い込んでいたのだ。そもそも忍術を習いだしたばかりのタカ丸には何故火薬の入手が困難なのかさえもわからない。
「兵助は勉強熱心だなぁ。じゃあ逆に質問するけど、火薬は何故大事なのかな?」
伊助は兵助の質問には答えずにわざわざ問い返した。その意図がよくわからなくてタカ丸が伊助を見上げるとにっこり笑い返される。
「タカ丸はわかるかな?」
「え?!えっと、戦に使うからですか?」
突然お鉢が回ってきたせいでしどろもどろになりながらも必死になって答えると正解だったらしく優しく頭を撫でられた。
「それだけじゃないけれど、とにかく火薬は高価で貴重だから兵助が言うとおり入手が難しい。でも最近は情勢が安定していて戦もないし」
そこで言葉が切れて続きを継ぐように三郎次が口を開く。
「だから偶には生徒たちにも買い付けさせようとの学園長の思いつきだ。良い経験になるだろうってな」
「結局は思いつきなんですね」
最後の辺りはため息混じりでややつっけんどんな物言いの三郎次に兵助も呆れを隠そうともせず言葉に滲ませながらやや肩を落とした。まだ学園に来て日の浅いタカ丸でさえ学園長の思いつきには幾度か振り回された記憶があり、自分より遥かに長い時間学園にいる上級生二人はどれほど振り回されたのだろうかと想像するだけで疲れる。
「ほらほら、もう着くからその話はおしまい」
笑いを含んだ声にみんなつられたように前方を向くと重厚な造りの蔵を伴った立派な商家が目に入ってあれが今日の目的地なのかとタカ丸は目を丸くしながらキョロキョロと建物を観察する。伊助はそんなタカ丸を伴ったまま開け放たれていた門を潜って、奥から出てきた奉公人らしき少年に来訪の意を告げた。その手慣れた感じに下級生二人は戸惑いを感じたが、三郎次は平然と伊助の後に従っている。少年は事前に連絡を受けていたのか一つ頷いて四人を屋敷の土間敷きに招き、主は直ぐにやって来ると告げてまた持ち場へと消えていった。
「さ、ここから下級生は見学だよ。後ろに控えててね」
「絶対口出しはするな。黙ってやり取りを見ているんだ」
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