室町

□◇確かにSな人が好きって言ったけどそれは何か間違ってます5題
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【1.今度からブタ野郎って呼んでいい?】



確かに言った、確かに言ったよ。綾部先輩に「Sな人好きかもしれない」って。
言い訳させてもらうと、「Sな人好き?」って聞いてきた綾部先輩の迫力が怖かったからなのと、ちょっと強引な娘とかも割と好きかもな、なんて思ったからそう答えただけだ。なのに、突然現れた目の前の先輩はいつもの無表情でとんでもないことを聞いてきた。
「藤内のこと今度からブタ野郎って呼んでいい?」
良い訳ないです!と叫びたいのに俺の声帯は凍り付いてしまってピクリとも震えてくれない。引き攣った頬がブルブルと屈辱で震えているが、意気地のない喉はカラカラに乾いていていよいよ声は出ない気がした。年上の先輩、しかも六年の立花先輩に並ぶ"S"だと有名な人に逆らえる自信がない。でもブタ野郎は絶対に嫌だ。
「おやまぁ、泣くんじゃないよ」
ぐいぐいと白い手が両頬を拭ったせいで、俺は不覚にも泣いていたことに気付く。ああまた面白がられるネタを作ってしまったのだと思うと頭がずっしりと重くなってきた。それでも涙は止まらなくて、この場から逃げ出してしまいたかったけれど、がっしりと掴まれた両頬のせいでそれも叶わない。
「冗談だから」
「は?」
相変わらずの無表情で突然告げられた言葉に俺はポカンと大口を開けてしまった。涙も止まって濡れた頬がピリピリする。
「ごめんね」
ポンポンと頭が撫でられたかと思うと、綾部先輩は現れた時のように飄々と去っていった。
全く意味がわからない。意味もわからず泣かされるだけ泣かされて。しかも滅多に謝らない人なのにあっさりと謝っていった。謝るぐらいなら最初からこんなことをしなければいいのに、あの人は何がやりたいのだろう。

通りかかった数馬が頬の涙に気付いて騒ぎ出すまで、俺は呆けたようにその場に立ち尽くしていた。
それしか出来なかった。



end
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