室町

□嗚呼、なんて無力
1ページ/1ページ

※「13回目の自戒」の続きでタカくく要素を若干含みます。





ごつり、ごつりと突っ伏した頭を文机にぶつけ続ける音が五回目を越えた頃、読んでいた本から目をあげた兵助は隣で潮江文次郎ごっこをしている哀れな友人の髪を引っ張ってそれを強制終了させた。引き上げた額はうっすらと赤くなっていて痛々しい。
「はっちゃん、別に口吸いだけでそこまでしなくても良いと思うけど」
開いていた本は脇にどけて鷲掴みにした髪をそのままに、赤い額に触れると常より高い温度が指に伝う。
「伊賀崎からしてきたのなら、役得って片付ければ良いじゃないか」
クソ真面目というより、純粋な友人の痛めた額を人差し指でぐっと圧すと、太い眉がぎゅっと中心に寄ってじんわりと目に涙が浮かんだ。痛みで泣いたか、言葉に泣いたか判然としないまま兵助は傷んだ髪を漸く振り解く。
「いつもそうやって悩むくせに手放せないなら、もう相手に身を任せた方が楽だぞ。俺も相手に任せる方が楽だからそうしてる」
「……抱かれるってことか?」
ゆっくりとした動作で反応を返してきた八左ヱ門に兵助は薄ら笑って首肯した。
「まあ、一概にそればかりじゃないけど。伊賀崎のやりたいようにやらせれば、年齢相応に動いてくれてお前が困ることも減るんじゃないか?」
「…………」
「次を請われたって教えなければいい」
「そう、簡単なことか?」
目元を赤くした友人に見つめられて兵助はゆったりと首を傾げる。平時とは大分雰囲気の違う彼に戸惑っているらしい八左ヱ門はじっと荒れた唇を噛んで文机の端をガリガリとかじった。
「付き合うとは難しいものだ。どちらかが必ず無理をするんだから、そう悩むなよ」
文机についた肘から伸びた手で顎を支えながら笑った兵助に八左ヱ門はまた困ったような泣き出しそうな、どちらともとれない顔で緩く首を振った。
「………こんなに難しいなら、もう………別れる………」
また突っ伏してしまった友人を前に兵助も漸く笑いを引っ込めた。無理をしていつもより笑ったせいで疲れた頬をさすりながら、あの柔らかな人柄の真似をするのは難しいな、といつも緩く笑っている恋人の顔を思い浮かべる。あいつならもっと気の利いたことが言えただろうに、と肩を落として兵助も文机に頭を伏せた。

この純情な友人を慰めることも元気づけることも出来ない自分を歯痒く思いながら目を閉じると、八左ヱ門の弱い息遣いだけが深々と耳に響いて泣きそうになった。



end




話を広げすぎました

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ