室町

□貴方が見えない
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※「嗚呼、なんて無力」の続きです。別れる描写があります。












「えぇ?へーすけくん、今何て言ったの?」
股の間からひょっこり顔を上げたタカ丸が呑気そうな声で兵助に問い返した。唇の端から兵助が吐き出した白濁が零れていたのを舌で器用に舐めとりながら、懐から出した懐紙で性器を綺麗に拭き上げてくれる。脱ぎ捨てられた袴を受け取りながら、兵助はタカ丸の問いには答えずもそもそと褌を着け始めた。
焔硝蔵の中で偶々タカ丸と二人きりで作業をしていたせいでいかがわしい空気になってしまい、勃ってしまったものをタカ丸が口淫で処理をしてくれたのだが、興奮していたのは兵助だけだったのか彼は何事もなかったように放り出された帳面を拾い上げている。それを横目に見ながら袴を着けていたら、もう一度「さっきは何を言ったの?」と優しい笑顔で尋ねられた。
「斎藤って、しつこい……」
「えっと、兵助くんがしつこいの嫌いならもう聞かないよ」
修正しとかなきゃー、と眉をハの字にして人差し指でこめかみの辺りをつついたタカ丸に、兵助は言い知れない恐怖と怒りを感じて綺麗に手入れをされた前髪を引き掴む。
「いたぃっ……!」
小さな悲鳴とともにほぼ反射的な動きで髪を引っ張る腕をタカ丸の手が強い力で掴んだ。いつも非力な癖に髪が関わるととんでもない力を発揮する所が彼らしいと言えば彼らしい。
「……髪は、掴まないでよ」
いつもの柔らかい眼差しを一変させて尖った視線が兵助を貫く。
「それだけは、やめてって約束したでしょ?」
ぎちぎちと腕に指が食い込んできて、髪から指を離したら腕は解放されたが赤い指の跡が残って痛々しくタカ丸の言い分を主張していた。これだけしか見えてこないタカ丸の本音に兵助は小さくため息を零して、彼には届かなかった言葉をさりげなくすり替えて別の言葉を告げるべく息を吸った。

「タカ丸、別れよ……」

しん、と静まり返った焔硝蔵内の空気が一気に冷えた気がして、そっとタカ丸を見やるといつも人前では猫背にしている背をピッと伸ばして彼は冴え冴えとした目で兵助を見据えていた。
「なんでいきなり?」
「俺の中じゃいきなりじゃない……」
「そっかぁ……」
へらっと笑った顔は"仕方ないね"と諦めの顔を形作り、絶対零度に冷え切った瞳は何かを封じ込めるかのように伏せられる。本音の見えないその顔が兵助には恐ろしくて自分より少しだけ背の高いタカ丸を押し退けるようにして焔硝蔵から逃げ出した。
放置した仕事も気にならないくらい熱くなった頭を持て余しながら、兵助は真っ直ぐ飼育小屋に向かう足を止められなかった。





end

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