妄想の滝〜天童寺side〜

□梅月夜
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「ノボリ」
 ノックと共に現われた武蔵に連れられて消えていく聖人をチラリと眺めながら彩は小さく舌を打った。
 現在4月9日23時50分。
 別に何かを用意しているわけでも、祝いの言葉を掛けようと考えている訳でもないがソレが当たり前そう思える自分を実は嫌いではない。
 気を使えとまでは思わないが少しムッとしてしまうのは仕方の無いことだとしてしまいたい。
 しばらくたっても帰ってこない聖人に時計を覗くと五分が過ぎている。
 もうと言って良いものか、まだと言うべきなのか。 気を紛らわせる為に外を眺めた彩は、ゆっくりと窓を開けた。



 聖人は自室の扉を開くと、中は真っ暗だった。
 寝たのか?
 見ると窓枠に腰掛けて外を見ている彩が見える。
「寒くないのか?」
 明かりを点けようとスイッチに手を伸ばすと、そのまま呼ばれる。
「点けるな」
 ?
 言われるがままに窓辺へと寄ると、窓外から漂う薫りに聖人は一瞬目を見開いてから顔を綻ばせる。
 すごい
 真ん丸な月と満開の梅。
「一人で見てたのか」
 クスリと笑うと、涼しげな顔のままの彩の肩にそっと手を置く。
「春だな」
「…ああ」
 暖かくはなったといってもやはりまだ春先だけあって、聖人は肌寒さを感じる。
「肌寒くないか?」
 窓へと手を伸ばすと、外を眺めたままで彩が呟く。
「…今日」
「え?」
 言われて十二時を回っていることに聖人は気付く。
「ああ」
 言葉にはしないだろう台詞を感じて、聖人は微笑む。
「ん、ありがとう」
 意地っ張りな皮肉屋が少し可愛く見えてくる。
 静かに二人で梅を眺める。それだけなのに今までの誕生日の中で一番幸せに感じる。
 なんか良いな、こういうの。
そっと目を閉じると梅の薫りをゆっくり吸い込んだ。

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