妄想の滝〜天童寺side〜

□終夏
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 聖人は管理人から手渡された荷物に首を捻った。
 実家から?何だろ
 梱包を開こうと机の上に置き、手を掛けると携帯が鳴る。
「もしもし」
『ああ聖人?荷物届いたかしら?』
 電話越しに聞こえる母親の声。
「届いてるよ」
 答えながら箱を開ける。
 あ…
 目に入ったのは梅干しに梅昆布茶。
 何も宅配便なんかで送らなくても自分で買えるんだけどね。
 苦笑を浮かべつつも口にはしない。
「ありがとう」
『その梅とっても美味しかったから聖人にも食べさせたくなってね』
 いつの時代も親とはそういうもので、離れていればなおそうなってしまうようだ。
『それとね、一緒に入ってる』
 ?
 そこに布のようなものが見えて、聖人は取り出す。
 え…
『お婆さまが作ってくださったんだけど、夏は帰らないからってお伝えしたのよ。でも荷物を積めてるのを見られちゃってね』
「…夏ももう終わりだけど?」
『そう、お伝えしたんだけどね』
 電話越しに母親の溜め息が聞こえる。
 送られても困るんですけど、ね。
 小さく溜め息を吐く。
「分かったよ。こっちで保管しときますよ」
『そう、ありがとう』
 母親が安堵の吐息を吐いたのが感じられる。
『じゃあ、また連絡するわね。元気でね』
「うん、母さんも」
 聖人は通話を切ると携帯を置き、箱から取り出した布を手にして再度溜め息を吐く。
 にしても、どうしろっていうんだか。
 ガチャリと音がして扉が開く。
「おかえり」
「ああ」
 答えながら彩は聖人の手に有る布に目をやった。
「ああ、これか」
 目の前に広げてみせる。
「夏も終わりだっていうのに婆さんが送ってきてね」
「浴衣…」
「そう。どうしろっていうんだかね」
 笑ってみせる。
「着ればいい」
「え?」
 彩の台詞に目を見開く。 着ればいい?
「出来ないのか?」
「いや、出来るけど…」
 何で?
 聖人の不思議そうな顔に彩は罰が悪そうに視線を背ける。
 照れて?
 理由が分からず首を捻る。
 聖人が口を開こうとすると扉がノックされる。
「あ、どうぞ」
「和英の辞典貸してくれ」
 鎌倉がひょっこりと顔を出す。
「また学校に置いてきたのか?」
「あれは学校に置いとくもんでしょうが」
 言いながら浴衣に目を止める。
「お、浴衣かよ!」
「実家から届いたんだよ」
「へ〜」
 興味津々な鎌倉に聖人は苦笑を零す。
「着て、見るか?」
「良いのか!?」
 パッと表情が常以上に明るくなるのを見て聖人から笑みが零れる。
「良いけど?」
 そう答えると同時に二人の間に辞書が差し出される。
 ?
「貸してやる」
「お、サンキュ」
 受け取るとそのまま彩は鎌倉の背を押して廊下へ押し出す。
「え、おい!?」
「オマエに必要なのはそれだろう。ジンベイでも着てる方がよっぽと似合うぞ」
「なっ!」
「彩!?」
 そのまま扉を閉めると振り返る。
「?」
 後ろ手に鍵を締めると聖人を抱き締める。
「彩?」
 背に腕を回そうとすると、携帯のタイマーが鳴る。
 ぁ…
 ピクリと彩が体を放す。
「…食堂、行くか」
「あ、ああ」
 二人は部屋を後にした。
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