妄想の滝〜天童寺side〜

□涼風
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 チリーン
 窓辺に吊してある風鈴の音に耳を傾けながら、聖人は床へペタリと座り込み瞼を閉じた。
 少し湿っぼい空気がそれだけで涼やかに聞こえてくる。
 ガチャリと音がして、同室の人間が姿を現す。
 しかしその動きはいつになく緩慢で、聖人は心中首を捻る。
「彩?」
 ゆっくりと傍らに座る相手からするアルコールの匂いに、聖人は眉をひそめた。
「飲んできたのか?」
 聖人の声にちらりと視線を流すと、その膝へ彩は頭を預ける。
「何甘えてるんだか」
 苦笑でひざうえのあたまをぽんぽんと膝上の頭を聖人は叩く。
「別に飲むなとは言わないけど、次からは先生もだけど俺にもばれないように。ね」
「…悪い」
 居心地悪げにもそりと動く頭の髪に、指を通す。
 さらさらと滑る感覚が気持ち良い。
 チリーン
 流れ込む風に二人は目を閉じる。
 チリーン、チリーン
 髪を梳く指先から、愛しさが音に乗って響いていく。
 雑多な日常の中で涼やかな風がふんわりと運んでくれる穏やかさ。
 不意に明日からの予定が頭を過り、聖人は小さく溜め息を吐く。
「……頑張りすぎるなよ」 ボソリと足元から聞こえてきた声に泣き笑いのような表情を浮かべると、その髪へと愛しさを込めて唇を落とした。
 

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