妄想の滝〜天童寺side〜

□小さなコトバ
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 目の前に差し出された白い箱に、聖人は目を丸くする。
「どうしたんだ?これ」
 武蔵は無表情にケーキの箱を聖人の腕に預けた。
「皆からだ」
「え……」
 手の中の箱を見下ろす。「えっと……ありがとう」「おう」
 気付くと鎌倉がひょっこりと武蔵の後ろから顔を出す。
「まあ、食い切れなかったらオレが食ってやっても良いけどな」
 ニヤリと笑って言うと、武蔵が襟刳りをぐいと引っ張る。
「え、あ、おい、何すんだよ!」
「オマエが食ってどうする」
「のぁーっ、ワカッタカラ、引っ張るなっ!伸びるだろーが!!」
 そのままずるずる引きずられていく鎌倉を見送りながら、聖人は小さく苦笑を零した。
 ホントは誕生日、明日なんだけど、ね。


 聖人が部屋に戻ると、彩は一人ベッドに転がっていた。
「帰ってたのか」
 聖人の声に彩はのそりと起き上がり、ケーキの箱に目を止める。
「あぁ、皆からだって」
 そう言って箱をテーブルに置く。
「彩も食べるか?」
 彩はゆっくりと首を振り、口を開く。
「今日だったか?」
「否、明日だけどね」
 小さく笑いながら箱を空ける聖人に、彩はゆっくり立ち上がる。
「彩?」
 戻ってきた彩の手には二つのマグカップ。
「あ、サンキュ」
 受け取ると正面に彩が座る。
 ホールケーキを前に聖人は苦笑する。
 食べきれるかな?
 フォークを刺しながら前を伺うと、彩が無言で見つめている。
 食べづらいんだけど、ね 口に入れたケーキは程よい甘さである。
 必死にケーキと格闘している聖人を見ながら、彩はそっと隣へ移動する。
 やっぱり一人じゃ無理だな。
「彩、やっぱり協力してくれ」
 何時の間に隣にきたのか聖人は不思議に思うが、気に留めずフォークに苺を突き刺す。
 すると差し出された苺をそのまま口に挾んだ彩の顔が近づける。
「……んっ」
 重なり合った唇から、甘酸っぱい苺の味が広がる。
「はぁ」
 唇が離れ、聖人は小さな息を吐く。
 更に覆いかぶさってくる彩に、雅人はフォークを手探りでテーブルに置き、背中に腕を回す。
「んっ、ん、あ、かり…」 彩は無言で立ち上がると、電気のスイッチを消した。


「ふっ……ん」
 ギシリと軋むベッドの音と、二人の息遣いだけが室内に響く。
 汗で滑る肌に、聖人は縋り付く。
 あ、つい…
 普段は冷たくすら感じる彩の昂ぶった体温に、眩暈すら感じる。
 けれどそれすら心地よく思える。
「…っさと」
 耳元に吹き込まれる吐息さえ、熱い。
 試合の時にすら見せない真剣な表情に見つめられ、聖人は追い詰められる。
「…っく」
 くぐもった声と同時に内に脈動を感じ、聖人も果てる。
 不意に床に置いたままにしていた聖人の携帯が振動し、聖人が腕を伸ばそうとすると、彩がそれを取り上げ電源を落とす。
 な、に?
 気にはなるけれど、真剣な視線に囚われて動けない。
「もう一度…」
 耳元で囁いた彩が、再度律動を開始する。
「ん、ぁ……」
 首筋に噛み付くようなキスをしながら、聖人を求める。
 こ、われそうだ…
 激しさに眉間に皺を寄せる聖人に気付くと、彩はそこに優しくキスを落とす。 優しくしたいのに、止められない。
「……ん、くっぁ」
 聖人はより一層繋がりを求めるかのように自ら足を絡め、胸を反らす。
 普段の冷静な彼からは想像もつかない媚態に彩は翻弄される。
 今だに隠せない嫉妬。
 この時間だけは誰にも邪魔されたくなくて、和彦からの連絡だろうと分かっていて電源を落とした。
 タイミング的には日付が変わった頃だろうと彩も気付いていたが、どうしても口に出しては言えない。
 少し焦りを見せる彩に、聖人はうっすら目を開ける。
「……ひ、かる?」
 目が合ってしまうと余計に言葉が出ない。
 彩はそのまま唇を塞いだ。
 声に出来ない言葉を込めて…
 聖人の目蓋がぴくりと動き、次の瞬間表情に喜びが表れる。
 宥めるように背を撫でられ、口付けに込めた声に出来ない小さなコトバに気付いてくれたことに彩は安堵する。 いつまでも素直に言えない自分のコトバ。
『おめでとう』


 一緒に誕生日を迎えられた事に聖人は感謝する。
 今日から十八歳。
 ちゃんと胸に響いた不器用な彩の不器用なコトバ… 彩の誕生日にはオレも言おう。
 普段は照れ臭くて言えないコトバを………
 

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