ロクマ小説2

□心配
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「全く、これがトレーニング中だったから良かったものの」

少々、苛立ちを含んだ声でメタルは呟いた。

「これが戦場だったならば、お前のコアは破壊されていたかもしれない。メンテナンスがどれだけ重要なのかわかっているのか?今後、月に一度は強制的に俺がメンテナンスを行う。いいな?」

「……」

「返事は」

「……はいはい」

「はい、は一回でいい」

「いだだだだだだ!メタル、お前……そこのコード引っ張んな!痛ぇよ!」

「すまんな、わざとだ」

クイックは、メンテ台に横になりながら上半身を浮かせ、自身に修理、兼メンテナンスを施すメタルを見た。
ああ、明らかに機嫌が悪いな、と彼は痛さに顔を歪ませながら心中で呟く。顔こそ無表情ではあるが、メタルの眉間にはいつも以上にシワが刻まれている。
クイックの、装甲が外されあらわになった脚の内部。凄まじい瞬発力が生み出されるそこには神経伝達の為のコードや、瞬間的に速さを生み出すブーストなどが組み込まれている為、彼にとってはデリケートな部分だった。
普段は、人工皮膚とクッション材によって守られているが、それらプロテクト部分を完全に外されている今、クイックの電子頭脳は不安に支配されている。
自分の最大の武器である脚部は、その精密性から言って弱点ともなりえる為に、他人に触られることを、クイックは嫌っていた。よく定期メンテナンスを怠るのもそのせいだ。



しかし今回……
メンテナンスを怠ったせいで起こった脚部の故障。
トレーニングルームで、フラッシュと模擬戦闘を行っていた際、急激に脚の平行感覚が失われた。気がつけば機体は床に投げ出され、脚にも力が入らない。
フラッシュにメンテナンスルームに担ぎ込まれ、脚部を解体されれば、神経伝達の為の主要コードが完全に焼き切れていたのだった。

ワイリー博士が外出していた為、フラッシュが修理に入ろうとしたところ……運悪く、メンテナンスルームに、部品をとりにメタルが入ってきた。
どうやら部下の修理をしようとしていた様だったが、クイックの解体された脚部を見た瞬間、彼は酷く不機嫌そうに眉をひそめた。
『フラッシュ、クイックの修理は俺がやる。お前、かわりに俺の部下のジョーの修理をしてくれないか。第二メンテナンスルームに居る……頼む』

『あ、ああ……』

口調は穏やかだったものの、彼の赤い瞳には妙に迫力のある強い光が宿っていた。
フラッシュはそれに圧倒されつつ、コクコクと大袈裟に頭を振ると、逃げる様にそこから出て行った。
何にたいしての怒りなのかよくわからなかったが、もしかしたら自分以外の者にクイックの脚を触られるのが嫌だったのかもしれない。

『……クイック、説明してもらおう。何故、お前の脚はこんな惨状になっているのかな?』

低く、静かな声がメンテナンスルームに響いた。








そんなことがあって、クイックはメタルの修理を受けている。
時折、何かの腹いせなのかコードを乱暴にひっぱられ、クイックはその痛さに呻いた。

「おい、メタル!もっと優しくしろよ痛ぇつってんだろ!!」

「メンテをきちんとしていればこんなことにはならなかったのだと身体に教えこんでいるだけだ」

焼き切れた主要コードを指の腹で乱暴に押され、痛みが電子頭脳まで瞬時に伝わってくる。クイックの背中が大きく震えたのを見てメタルの瞳が細められた。
このドS野郎、とクイックは心中で吐き捨てると、拗ねた様な瞳をメタルから反らした。

「悪い悪い。悪戯が過ぎた……頼むからメンテナンスだけは受けてくれ。俺は、破壊されたお前の姿などは見たくないんだ」

「…………」

「拗ねるなよ子供でもあるまいし……これがトレーニング中で本当に良かった」

今まで乱暴だったメタルの手が、急に優しげなものにかわる。
電子頭脳へと伝わる神経回路への、接続部分から焼き切れたコードを外し新しいコードを接続してやる。他のコードに異常がないか、静かに手を内部へと滑らせる。痛くしないくらいの力で小さくコードを引っ張り異常はないことを確認。
開いていたままの内部装甲の蓋を閉じると、周りをクッション材で包み込む。
その後、やけに丁寧に新しい人工皮膚を貼付けていく。

「……丁寧だな」

「脚はお前の命だろう……俺にとってもお前の脚は……まあ、命みたいなものだ」

メタルは、まだろくに動かせないクイックの脚を浮かせた。彼はマスクを外し、そこに軽くキスを施してやる。いつも以上にしなやかで、柔らかな感触に満足そうに瞳を細めた。

「動かせねぇからって勝手なことすんなよな」

「……顔が赤い様だが?」

「うっせーなー恥ずかしいんだよ」

こいつはとんでもなく性格が悪いくせに、時折ナチュラルに恥ずかしいことを言ったりやったりするから手に負えないんだと、クイックは赤いままの顔を右手で覆った。
とにかく、顔を見られたくなかった。

「頼むからメンテナンスは受けてくれ」

メタルの手が、頭に添えられる。優しく何回も撫でられ、クイックのコアは益々熱くなる。

「お前が大切だから、言ってるんだ」

撫でられた頭部すら、じんじんと熱っぽい温かさに包まれていた。クイックは小さく唸りながら、まだ右手を、顔から離せないでいた。
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