ロクマ小説2

□心配
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【ごめん、ごめんね……ごめん……俺の……俺のせいだ……ごめ……】

通信機の向こうのクラッシュは、ただ嗚咽を漏らしながら許しをこうばかりだった。

【どうした、クラッシュ。まずは落ち着け、何があった……?動けないのか、助けがいるのか?】

なるべく、混乱しているクラッシュを落ち着けようと、フラッシュは静かな口調を崩すこと無く通信機から音声データを送信する。
実際、心中では不安が渦巻いていた。
つい二日前、メタルとクラッシュが任務に出て行く姿を見送ったばかりだった。そろそろ帰還の時間である、と言う時に受信したクラッシュからの音声データにフラッシュの不安は益々つのっていく。
何故、メタルからの音声データでは無いのか。通信機が破壊されてしまったのかそれとも……
通信など出来ない状況であるのか。

【クラッシュ】

フラッシュの静かな声に、

【メタル、動かない。俺…のこと、守って壊れ……ちゃった、どうしようフラッシュどうしよう……
俺、破壊衝動に飲まれ…てて、おっきな瓦礫落ちてきてるのわからなくて、メタル、俺のこと、庇って】

しゃくりあげながらクラッシュはなんとか返答する。
言葉を紡ぎ出した直後、通信機から再び嗚咽が聞こえてきた。

【クラッシュ、お前歩ける状態か】

【……ご、めん、無理ッ……エネルギー、無く…て】

【……わかった……救援に行く。場所は、郊外42−9、ポイントD、間違い無いな】

【……っ……うん……】

フラッシュは直ぐに自室から飛び出ると、屋上へと向かう。通信機で部下のジョーに緊急で救助用ヘリを準備するよう連絡。
「30秒で用意いたします」との返事に、冷や汗の様な、人工皮膚を伝う冷却水を感じながらフラッシュは満足気に口元を歪め笑った。
流石は俺の部下だ、と心中で呟きながら、脚を前に出す……と、前方にやけに目立つ赤い装甲と、後ろ姿なのにもかかわらず突き出た金色のブーメラン型の飾りを持つ機体を視覚サーチが確認する。
……クイックだった。
クイックは、フラッシュの足音に気づくとドーナツを頬張ったまま振り向いた。
なんつう間抜けな顔だと思いつつ、彼の、ドーナツの袋を持ったままの腕に触れ、引きずる様に脚を速める。
クイックは「うぇ?」と、更に間抜けな声を出した。

「おい、なんなんだよ!?」

「……メタルが、危険かもしれねぇ」

走り続けながらそう呟くと、クイックの腕からドーナツの袋が渇いた音を立てて床に落ちる。
横を見れば、クイックの青い瞳が驚愕か、恐れか……丸く見開かれていた。引きずられたまま、その口から食べかけのドーナツが、力無く落ちた。











「……クラッシュ」

瓦礫の中に座り込むクラッシュの装甲は、泥とすす、オイルとで薄汚れていた。
ぐすぐすと子供の様に泣きながら、濡れた翡翠の瞳がフラッシュを見つめる。その綺麗な翡翠に若干の赤が混ざっているのに彼は気づいた。
……破壊衝動による暴走で自我を無くしていた証拠だった。

「……メタル、メタルは!?メタル……メタル!?」

メタルのことを話してから、ずっと茫然自失状態だったクイックが、動揺した様に兄機体の名前を叫ぶ。その声に反応して、クラッシュの肩が大きく震えた。

「メ……タル、瓦礫に埋もれてる……必死に埋もれてるポイント掘り返したんだ……けど途中で、エネルギー切れて……クイック、ごめん、俺」

「……いいから!メタルは何処だクラッシュ!」

クラッシュの声を遮る様に、クイックは叫ぶ。クラッシュは顔を歪めると大粒の洗浄液を涙の様に流しながら、震える指を後方に向ける。
微かに見える赤い……いやもはや赤とは言えない黒ずんだ機体が瓦礫の中から見えていた。

「メタル!!」

クイックは、フラッシュに抱きしめられたクラッシュの横を通り過ぎると、その機体のほうへと走り出す。
いつも以上に、真っ青な顔のメタルの上半身が瓦礫から覗いているのを見て、クイックは力無く地面に座り込んだ。「メタル」と小さく呟くと、メタルの下半身に積み重なる瓦礫を必死で取り除く。フラッシュの部下であるジョー達も救援の為近づいてくるが、あまりのクイックの迫力に、それ以上、彼の側に寄れないでいた。
クイックが何度呼んでも、メタルの視覚サーチは開く気配など無く、機体もピクリとも動かない。彼の聴覚サーチのアンテナ部分は完全に折れ曲がり、シンボルであるメットのメタルブレードも半分以上、欠けていた。破壊されたマスクから覗くいつもは隠された唇が妙に青い。
弟想いの彼のことだ。クラッシュを庇うことに必死で自分の身など、省みなかったのだろう。

―――馬鹿野郎

俺は、破壊されたお前の姿など見たくはないんだ。
そう言って、自分にメンテナンスを施したメタルの顔を思い出す。

―――俺だってそうだ。破壊されたテメェの姿なんて見たく、なかった

彼は、凄く厳しいくせに、時折凄く甘い。
弟達のこととなると尚更だ。自分を犠牲にしてでも弟達を守ろうとする。傷つくのを見るのは辛いからと言って。
馬鹿だ、馬鹿だ、馬鹿だ。
優し過ぎるんだよ馬鹿!
高ぶった感情の為か、洗浄液を視覚サーチから流しながら、クイックはがむしゃらに瓦礫を退け続ける。
指の間接部が、ぎしりと嫌な音を立てるのも気にせず。


全ての瓦礫を退け終わり、機体に負荷をかけないように静かにメタルの機体を引きずりだす。
下半身は潰され、完全に上半身から切断されていた。
地面に置いていかれたままの下半身と、クイックに支えられた上半身を、僅かなコードだけが繋いでいた。

「ーーーーーーーッ!」

クイックは声をあげることすら出来ず、メタルの上半身を抱きしめた。何度名前をよんでも、緊急停止した彼の唇から言葉が紡がれることはなかった。
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