ロクマ小説2

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【二人・2】




「戦闘訓練〜?早いだろう、まだ」

クイックが、ちびメタルを抱いたまま呟いた。
相変わらずこの二機は仲が良い。ちびメタルはもう完全に自分の予約席と化したクイックの胸にうっとりと顔を埋めている。
精神的には大人なくせに甘え癖はなかなか治らないらしい。

「早くは無いだろう……それに電子空間を使うから問題無い」

メタルは自分の頭に乗っかって何かのリズムを取っているちびクイックの頭を撫でながら言った。

「……げ、電子空間嫌いなんだけど俺」

「現実空間と同じような状態に設定すればいい。電子空間なら、実体が怪我をする心配も無いだろうし、かえって安全だ。
クイック、お前も来いよ」

「……お前、また変なプログラムとか作って虐めるんじゃ……」

「だから、現実空間と同じような構造にすると言っただろうが。いつもやってる戦闘訓練と同じだ、安心しろ」

クイックが胡乱げな瞳で見つめてきたが、メタルは素知らぬ振りをした。

「父ちゃーん!あばれていーの?どかーん!って、やっていいの?」

「ああ。存分に戦え」

ちびクイックが、メタルの頭の上ではしゃぐ。そのせいで、メタルの頭がぐらぐら揺れたが、彼は特に気にもせず微笑んだ。
戦うことがそんなに嬉しいとは、クイックとそっくりだとメタルは思う。
反対に、ちびメタルは不安そうにクイックの胸を掴む手に力を込めた。

「ちびメタ……?大丈夫か?戦闘、嫌いか?」

「……わかんない、こわい」

泣きそうな声で呟くちびメタルを、メタルは見つめた。
彼は今のところ、頭脳戦には適しているが、実戦向きではないのかもしれない。見ていると、動きはゆったりしているし、何かにたいしての反応も遅い。
実戦向きのちびクイックとは正反対だった。
……しかし、「こわい」というのは問題だ。おおかた、クイックが何にたいしても甘やかし過ぎたのだろう。
そろそろ、その甘え癖は直さなければいけないなと考えつつ、メタルは三人をコンピュータールームへと促した。




*****




「ここ、普通に郊外だな」

「実戦ぽいだろ?」

感心して呟くクイックに、メタルは小さく笑った。
クイックが、ぽかんとしながら辺りを見渡す。そこは電子空間とは思えない光景だった。
いつもの、暗闇の中に浮かび上がる0と1の羅列では無い。上を見上げれば、薄暗い空があった。
地平線まで続く荒野の中に、ぽつぽつと廃ビルが立ち並ぶ。瓦礫に埋もれて土色が見えなくなった地面。流れてくる風に砂が巻き起こり宙に舞う。

「風まであんのか!?」

「ああ。感触、感覚、大気……全て現実と同じプログラムだ。トレーニングルームよりよほど実戦向きだ」

「ちび達は?一緒に電子空間に入ったはずだろ」

「ああ、【電子空間内での体を構築中】だから少し待て」

「なんだそれ??」

「小さい機体のままで戦える訳なかろう」

メタルが言い終わった瞬間、クイックの目前に光が放たれた。
光の柱が形成される。空を貫くかのようなそれに、クイックは一瞬視覚サーチを閉じた。
光が収まり、そろそろと視覚サーチを開いた瞬間、光があった場所に立っていたのは、クイックとすっかり同じ姿の機体―――もう一人の「クイックマン」

「え!?」

クイックは驚きに視覚サーチを見開いた。……俺はここに居る。では、目の前にいる「クイックマン」は誰だ?
そんなクイックの混乱した思考など差し置いて、目の前に立つ「クイックマン」は無邪気に笑う。
どこかで、見たような笑顔だった。

「母ちゃーん!ここ外?外?でんしくーかんじゃないみたい」

「ちび……お前ちびクイックか!?」

「そだよ?なんで〜?」

彼はいつもよりよほど低い声で言った。しかし、その口調はちびクイックに外ならない。
彼はその大きくなった機体で、クイックに抱き着いてくる。

「ぐえ!?」

尋常ではない力で、容赦なく機体を締め付けられ、クイックは奇妙な悲鳴を上げる。大きくなったちびクイックは、その声に驚きクイックから手を離した。

「母ちゃん、小さくなった?」

「ちっげーーよ!!ちびが大きくなったんだよっ!おいこれ何だよメタル!ってギャアアアアアアアア」

荒野に、クイックの叫びが響く。ひとしきり叫んだ後、彼はわなわなと機体を震わせた。

「なんだ、煩いぞクイック」

「僕、お父さんと同じくらいおおきい……」

振り向いた先に、寸分違わぬ二機のメタルが立っていた。
いつものメタルは、三白眼の無愛想具合。明らかに悪役と言った風体。
もう一人のメタルは、汚れの無い純粋な瞳を不安そうに泳がせていた。きっと、このメタルは悪いことなどしないだろう。

「戦うのならば、おおきいほうが良いだろう?電子空間だからな。このくらい出来る」

「うわぁ……メタルはメタルでもぜっんぜん違う……ちびメタはメタルみたいに根性破滅的に悪そうじゃねぇしな」

「お前とちびはどっちがどっちだかわからん」

「うっせーなー。いいじゃねーか別に」

へぇと呟くと、クイックはちびメタルの頬や機体に触れた。目つきが違うだけで、こんなに雰囲気が違うのかと、感心する。
胸装甲に触れられ、ちびメタルは恥ずかしそうに視覚サーチを閉じると緊張したように直立していた。

「わー父ちゃんが二人いるー!父ちゃんなの〜?それともめたるなの?」

ちびクイックも、遠慮無しにちびメタルの機体に触れた。
ちびメタルが顔を真っ赤にし、泣きそうな瞳で助けを求めてくるものだから、メタルはため息をつきつつクイック二人を制止する。
安心したようにちびメタが大きく息を吐き出した。

「とりあえず、クイックはクイック、俺はメタルと戦うことにする。ああ、武器がまだだったな……少し待て」

メタルは言うと、パチンと指を鳴らした。一瞬クイック達の手付近の空間が歪む。
0と1の粒子が、歪みから溢れ出て形を構築する。クイック二機の手には、彼等の身長ほどの大きさがあるブーメランが握られて居た。
同じように、メタル二機の手にも、何枚ものメタルブレードが構築されていく。
ちびクイックは握ったブーメランに、キラキラと瞳を輝かせた。

「すっげえ〜これほんものだああああ!でっけえええ!投げていい?母ちゃん、投げていい?」

「いいけど、あんまり勢いつけて投げると最初は……」

「えーーーーい!」

「っておい!ちび、人の話聞けよ!」

クイックの返事など聞かず、ちびクイックは右腕をスウィングするように振り回すと、ブーメランを思い切り宙に投げ付ける。
巨大なブーメランは常人には捉えられない速さで宙に飛んで行く。
そのまま空を切り裂く勢いで飛んでいくブーメランを、ちびクイックは瞳を輝かせながら見つめていた。
いつもの玩具では無い。これは本物なのだ。
機体から溢れ出る力も、いつもの機体とは比べものにならない。それが、とてつもなく楽しかった。
空に届く勢いだったブーメランが起動を変え、ちびクイックの元へと戻ってくる。

「ヤバイ!ちび!」

クイックが叫んだ。
ちびクイックは、勢いよく戻ってきたブーメランをキャッチすべく右手を上げた。
それを確認し、クイックが加速装置を起動すべく構えた瞬間、メタルの手がその肩に触れた。

「…………じ」

邪魔をするなと叫ぼうとしたその時

「あ、ああああああああああああああ!?」

ちびクイックの、苦痛に満ちた叫びが響く。
クイックとちびメタルは息を飲みながら、泣き叫ぶ彼を見た。
その右腕の、肘から上が消失していた。取り損ねたブーメランが彼の切り裂かれた腕と共に後方に跳ねる。
切断された腕は地面に落ち、粒子となって消える。ちびクイック自身のオイルに塗れたブーメランが、ぐっさりと地面に突き刺さっていた。

「な、んで……!?おれ、いつもは……痛……いたいよう母ちゃん!いたいいたいいたい」

「ちび!!!!」

初めての痛み。
ちびクイックは、ここまでの苦痛を経験したことが無かった。電子空間であるのにもかかわらず感じる、あまりの痛みに、彼の思考と頭脳は真っ白になっていた。何があったのかすら、自分がどんな状況なのかすらわからない。
ただ、痛くて、泣きたくて、苦しいのだ。
クイックは、地面に転がりながら泣き叫ぶちびクイックの元へと走る。「落ち着け」と叫ぶと、彼はメタルを鋭い目つきで睨んだ。

「何故邪魔した!コイツは本物がどれ程の切れ味があるかわかってない!
初めてで、しかも慣れない機体の力でブーメランを投げて受け止められる訳がないだろ!」

「……一度失敗しないと覚えないだろ」

そう言った、メタルの表情は冷酷だった。

「それに」

メタルは、再び指を鳴らす。切断されたちびクイックの腕を粒子が包んだ。彼の腕が、再構築されていく。
それを見て、ちびクイックは「ひ」と小さな悲鳴を上げた。

「痛みを覚えることも学習だ。違うか?」

「お父さん……こわい……」

冷たく言い放ったメタルの言葉に、ちびメタルは掠れた声で呟いた。





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