ロクマ小説2

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【二人・3】



―――お父さん、いつもとちがう。
いつもの彼ではないと、ちびメタルは思った。
いつもの、自分たちを慈しむように見つめる優しい瞳は今のメタルには無い。赤く、機械的に輝く揺らぎの無い瞳は、刺すようにちびクイックを見つめていた。
その冷酷無比な冷たい赤を見た瞬間、ちびメタルの背筋を冷たい何かが這っていく。人間でもないのに戦慄を覚え、機体が震える。

「痛いかちびクイック」

そう呟いたメタルの瞳が、一瞬だけ揺らぐ。
心なしか苦しそうに眉根を寄せた後、メタルの真紅の瞳は再び無機的なそれに変わっていた。
ちびクイックが、クイックに抱かれ震えたままその青い瞳だけをメタルに向ける。洗浄液で頬を濡らしながら、ちびクイックは頷いた。  
再構築された腕は未だに熱をもち、激痛の名残を残した鈍痛をちびクイックの電子頭脳に送り込んできている。

「それはワイリー博士が我々戦闘用ロボットに痛覚サーチを搭載したからだ。腕が無くなれば痛くなるし、コアに負荷をかけるような無理な機動を強いたとしたら苦しくなる。
それは一見邪魔なものに思えるかもしれないが、必要なものだ。何故だかわかるか」

メタルが言う。
わからない、そう返事するようにちびクイックの頭が左右に振られる。
クイックはそんなちびクイックの様子を心配そうに見つめると、今度はその優しさとは正反対の様子でメタルを睨んだ。
ちびクイックに負担が掛からないよう、静かに抱いていた腕を離す。そのまま立ち上がり、ちびたちの前では滅多に見せることのない鬼の形相でメタルに詰め寄った。

「ふざけんなよメタル!結局いじめてるんじゃねえか!」
 
クイックが、メタルの胸装甲を掴んだ。怒りのため余程の力を込めたのだろう。メタルの鋼鉄製の装甲がぐしゃりと音をたてて潰れた。
それでもメタルの無表情は揺るぐことなくかえってそれがクイックの怒りを煽る。

「憎くてやってるわけではない。痛覚サーチの重要性、お前にならわかるだろうクイック」

「・・・・・・・何わけのわかんねえことを・・・・」

「昔、お前は言ったよな。痛覚サーチなどいらないと。そんなものは戦いの邪魔にしかならないから取ってくれと。その後、どうなったか覚えているか」

「・・・・・・・・ッ!!!!!!」

クイックの瞳が見開かれた。かつての鮮明すぎる記憶データがありありと電子頭脳に再生され、彼は気まずそうにメタルから瞳をそらした。




クイックはかつて、「俺から痛覚サーチを取り除いてくれ」と懇願したことがあった。痛みさえなければ存分に戦えると、そう思ったからだ。
何故我らがワイリー博士は戦闘用ロボットに痛覚などというものを与えたのかクイックにはわからなかった。
痛覚は、冷静さを失わせる。そして動きが鈍る・・・・そんなもの不要ではないか。
メタルはしばらく思案したあと「わかった」と頷いた。

その後のメタルとの模擬戦闘。
痛覚が無いぶん、クイックは好きなように戦えた。何処が破損しようと、機体やコアに負荷をかけようと何も感じない。
思考も駆動も鈍ることはない。痛覚に制限されることなく戦える自由にクイックの機体は高揚した。
メタルはクイックブーメランのダメージにより、動きが鈍ってきている。破損したマスクから垣間見える口元はオイルに汚れ荒い排気を繰り返しているのが伺えた。
ほら見ろ。痛覚サーチなど必要ないのだ。自分はこんなに自由に動き回れる。
クイックはにやりと笑いながら、メタルの胸装甲にクイックブーメランを振りおろそうとした。
その瞬間、メタルの口元がいびつな三日月のように歪む。まるで勝ちを確信したようなその笑み。
それを訝しげに思った途端、クイックの機体の動きが止まった。
振り下ろされたクイックブーメランはメタルの機体ギリギリのところで停止している。

『どうしたクイック、とどめはささんのか』

『・・・・・・・・・・!??』

静止した腕に、力を込めようとした。
ぎしり・・・・といやな音が響く。それでも、痛覚など無いクイックは無理やり腕を動かそうとした。
瞬間、全身の神経回路が悲鳴を上げる。痛みは無かったが、ショートした全身の回路が電気を放ち、機体内を暴れまわる。

『あ・・・・ああああああ!?』

何が何だかわからぬまま、クイックの機体は床に伏していた。がくがくと全身が震える。
両腕を使って起き上がろうとして、はっとする。いつの間にか右腕が消失していた。目の前に落ちた赤い腕部は紛れもなく、自分のものだ。

『痛みが無いほうがかえって恐ろしいんだ。お前の機体はとっくに限界を超えていた。それでもお前には痛覚が無いからそれを認知できなかった訳だ』
 
メタルの爪先がクイックの顎をすくう。上を無理やり向かされたクイックの顔は悔しそうに歪んでいた。

『仮にも最強のお前が初号機の俺ごときに敗北するとはな・・・・・これが実際の戦闘ならお前は完全に壊されていた。』

『・・・・・くそ・・・・・』

『だから、痛覚サーチは必要なのだ。自分の限界を知るために』

そう呟いたときの、メタルの冷たく燃える瞳を、クイックはまだ覚えている。






「戦闘用ロボットとして生まれてきた以上、痛覚にある程度慣れておく必要がある。わかるだろうクイック」

「そうだけど、でも」

「可哀そうだ、か?かれらは愛玩用では無いんだぞ。可愛いのはわかるが、お前は甘すぎる」

「お前に言われたくねえよこの子煩悩!!!!!!」

甘やかしているのはどっちだよ、と心中で毒づくとクイックはメタルの胸装甲から手を離した。
潰れたはずのメタルの装甲が瞬時にして構築されていくのを、彼は黙って見つめていた。

「ちび、戦闘用ロボットってのはなオトーサマ曰くそういうもんなんだそうだ、理解できるか?」

しばしの沈黙の後、クイックは自分とまったく同じ姿をもつちびクイックに声をかける。ちびクイックは構築された腕を未ださすりながら震えていた。

「・・・・・わかんない。痛いのはいやだ」

「痛くても我慢して戦わなきゃいけねーんだよ。痛いからって泣いてたら敵に壊される。我慢して、痛覚すら制御して戦わなきゃいけねえ。今のお前にそれほどの覚悟はあるのか?」

「・・・・わかんないよ。おかあさんは戦ってて怖くないの・・・・」

「さあ。俺は純粋に戦うのが好きだから怖いとは思わねえかもな・・・・むしろ、楽しいし高揚する。俺生きてるんだなあって思う。きっと、最初からそうプログラミングされていたのかもしんねえし」

そういえば、彼らは自分たちとはそもそもの成り立ちが違うのだった。
メタルやクイック・・・・他のDWNは最初から完成された電子頭脳を持ち合わせていた。しかし、彼らの場合は不完全なままの電子頭脳で生まれてきている。人間の子供とすっかり同じ状態だ。
だからこそ戦闘が恐ろしいと思うのかもしれないなとクイックは心中で呟く。
メタルの言うとおり、このままでは彼らはロボットとして不完全な、戦闘用でも家庭用でもない、ただの愛玩用ロボットに成り下がってしまうのかもしれない。
クイックは震えるちびクイックの今は大きな肩を優しく叩くと、その視覚サーチの傍に唇を寄せた。

「そんなに怖がることはねえよ。攻撃されたら避ければいいだけだ。お前なら出来るさ。だってお前、俺のコピーなんだから・・・・それに」

「それに?」

「今日のメタルむかつくだろ。ちびメタと二人でやっつけちまえばいい・・・俺は参戦しねえけど、お前らの味方だからな」

「おとうさんをやっつけるの??おれとめたるで?」

「ああ。そんで『すいませんでした〜』って言わせてやれよ。おまえとちびメタなら出来るさ」

メタルに聞こえないよう、小さな声で呟く。ちびクイックの瞳が段々と宝石のような輝きを戻していく。彼はこくこくと大きく頷いた。
クイックが、メタルとその傍らに立つちびメタルの姿をちらりと見る。二機とも顔中に疑問符を浮かべた顔をしていて全く同じ角度で首を傾げていたものだから思わず笑いそうになってしまった。

「メタル。俺は戦闘訓練には参加しない。何故なら俺は強すぎるし、力を抑えるのも苦手だからだ」

「・・・・・まあ、いいが」

「それにコイツらは初めての戦闘訓練だ。ハンデを与えてお前対ちび二人で対戦してみればいい。わりかしいいところまでいくかもしんねえからな」

クイックは言いながら、荒野の中の、ビルが倒壊している個所まで歩いて行くと手頃な柱に腰をおろした。いつもメタルがやっているのを真似して脚を組んでふんぞり返ってみる。

「言っとくけど、俺のコピーは強いぜ・・・・俺ほどではないにしてもな。毎朝一緒に走ってその後トレーニングしてんだから」

自信満々に、クイックは言ってのけた。

「・・・・・だ、そうだ。ちびメタ。今日、この場ではお前と俺は敵同士だ。俺は敵には容赦しない」

「え・・・・でも!ぼく戦い方とかわからないし・・・・メタルブレードだっておとうさんみたいにコントロールできないし」

「敵にそんな言い訳は通用しない」

「・・・・・・・・・ッ!!!!!!!!」

メタルが急激に後方へと跳躍した。宙に浮いたまま、ちびメタルめがけてメタルブレードを投げつける。
まさかいきなり攻撃されるとも思いもしなかったちびメタルはその場所から動くことすらできずに腕で顔を覆うと視覚サーチを閉じる。
戦闘用ロボットとしては最悪な選択なんだろうと思いつつも、機体は恐怖からか稼働してくれる気配はない。ただ鋭いメタルブレードが自らの機体に突き刺さるのを待った。 
しかし、
聞こえたのは、キィンと言う、何かが金属をはじく音で。いつまでたっても到達しないメタルブレードを不審に思い、ちびメタルはそろそろと瞳を開けた。
目の前に、クイックの後姿があった。・・・・いや、きっとこれはクイックではない。いつもは小さな、ちびクイックだ。いつも自分をリードしてくれる、双子機のものだ。
ちびメタルはいつもとは違うその後姿を、瞳を見開きながら見据える。

「くいっく・・・・・・・?」

ちびメタルがおずおずと声をかける。
一瞬、電子空間の中に一迅の風が吹き抜ける。その風の音を聞きながら、彼は自分を守ってくれた双子機をただ見つめるしかなかった。
彼の手には巨大なクイックブーメラン。それが、メタルブレードをはじいてくれたのだ。ちびクイックは振り向くと、綺麗な笑顔を向けた。

「二人ならだいじょうぶだよ。いっしょにおとうさんやっつけよう?そんでおっきなケーキつくってもらっておうまさんごっこしてもらうんだ」

「くいっく・・・・・・・・・」

ちびクイックの今は大きな手が、ちびメタルの手を取る。
彼の無邪気な瞳を見ながら、ちびメタルはこくこくと頷いていた。



続く
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