ロクマ小説2

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【二人・4】



立ち上がった、双子機を見てメタルは笑った。
だが、その口元はマスクに隠れて二機には見えないだろう。
視線の先のちびクイックの表情は、完全に戦闘用ロボットのそれに変わっていた。クイックと寸分たがわない精悍さが伺える。
「自分が負ける訳は無い」、そんな顔をする彼は、オリジナルそっくりだ。
オリジナルクイックであれば、その自信をへし折って屈服させる、くらいのことはしたいのだが、目の前にいるのは外見が大きくとも可愛いちびだ。
あまりトラウマが残るようなことはしたくない。
 
―――しかし

精悍なちびクイックとは正反対に、ちびメタルは彼の背中に隠れてこちらを伺っている。
潤んだ瞳でこちらを見つめてくる彼は、自分とは似ても似つかない。
メタルは、自分もクイックも甘やかしすぎたのだなと今更ながら後悔していた。
確かにサイバー面では自分をも凌駕するのかもしれないが、あくまで彼等は「戦闘用ロボット」だ。模擬戦闘で震えているようではどうにもならない。
二機に聞こえないようにため息をつき再度ちびクイックを見れば、彼は自分の身の丈ほどもあるクイックブーメランを担ぐように持ち上げ、無邪気に笑っていた。

「とうちゃん、ここでこわれてもすぐなおるんだよね?おもいきりやっていいんだよね?」

「ああ、どんな方法を使ってもいい。俺を倒してみろ」

「わかった、じゃあ、えんりょしない」

彼は無邪気な笑顔のまま、メタルに突進。
しかし、その姿は瞬時にかき消えていた。
加速時のクイックと同じくらいの速さはあるとメタルの電子頭脳は分析する。厳密にはクイックのほうが速いのであろうが、メタルの視覚サーチには到底捉えられない。
どうせあの速さでは真っ直ぐに突進することしか出来ないだろうと判断し、ちびクイックが加速装置を起動した直後、メタルはその場から跳躍し、倒壊した廃ビルの、かつては屋上だったであろう場所に着地した。
 
「わわ・・・わあああああ?」

案の上だ。
目標を失ったちびクイックの叫び声と共に、彼の機体はメタルが居た場所の後ろにあった瓦礫に衝突していた。
アンバランスに積まれていた瓦礫がその衝撃で、一気にちびクイックの機体になだれ込む。彼の姿は瓦礫に埋もれ見えなくなっていた。
昔のクイックと同じだ。長所である速さを制御しきれていない。走れば真っ直ぐ、曲がるとしても細かな動きはできず大回りにしかならない。
彼の能力を知らない敵なら圧倒できるのだろうが、クイックの全てを熟知しているメタルには避けることなど造作なかった。

「いてててて・・・・・」

ちびクイックが瓦礫をよけながら起き上がる。その瞬間を見計らってメタルはブレードを構えた。
彼の装甲はクイックと同じでメタルブレードに耐性がある。しかし装甲に覆われていないところならある程度ダメージは与えられるはずだ。
特に彼の最大の武器の脚部の膝関節の上を狙ってブレードを放つ。

「くいっく!!!!!」

ちびメタルの声が響く。
ちびクイックは直ぐに迫りくるメタルブレードに気づくと、慌てて加速する。
到達したメタルブレードはちびクイックに当たることなく、瓦礫と地面に突き刺さっていた。
直後、メタルの背後にロボットの温熱反応。
メタルが屈むと同時に巨大なクイックブーメランが、彼の上半身があった部分をなぎ払っていた。メタルの聴覚サーチのアンテナ部分だけが、瞬時に消失する。
聴覚に少々問題が発生する可能性はあるが、メタルの聴覚サーチの性能はもともと他のナンバーズより優れている。
アンテナが無くなったところで彼等と同じくらいの性能になったというだけのことだった。
メタルは特に気にすることもなくいつも通りの無表情で、背後に居るであろう者に屈みながら足蹴りを喰らわせてやる。

「う・・・わわあああああああああ」

焦ったような声が聞こえて、ブーメランを振り払った主は情けなく転んでいた。

「接近戦がお好みか?そのクイックブーメランを飛び道具として使えばこんなことにはならなかったな。また、取りそこなって腕が消失するのを恐れたか」

「・・・・・ううー・・・・」

メタルの見下したような視線と冷たい言葉に、ちびクイックは拗ねたような青い瞳を向けると直ぐに地をけって起き上がる。
 
―――だんだんと戦闘用ロボットの目になってきたな

メタルがマスクに隠された唇を歪ませて笑った。
拗ねた瞳の中に見える、戦闘への興奮、相手を倒したいという欲望。
なんだ、コイツもクイックのような目をするんじゃないか。あとは俺のコピーだな・・・・・そう心中で呟くとメタルは廃ビルから跳躍した。

「あーーーーーとうちゃんにげたーーーーーーー!めたる、とうちゃんそっちいったーーーーーーーーつかまえてえ!」

「え・・・・え、え、え!?」

どうやらちびクイックにとって、この模擬戦闘は遊びの一環のようなものらしい。
微かに苦笑いすると、メタルはちびメタルが立ちつくしている場所目がけて疾走した。
メタルブレードはメタル自身の武器であったが、その鋭さゆえ、装甲がクイックより更に薄い機動力重視のメタルにとっては致命傷になり得る武器だった。
・・・つまりは弱点武器なのだ、情けないことに。
その為、メタルブレードが当たれば、自分のコピーであるちびメタルも相当のダメージとなる。避けることが出来なければ戦闘不能になり得るだろう。
またちびクイックが助勢に入る可能性があるが、今、自分を追いかけてくる彼は加速装置を使っていない。恐らくは何回も連発しては使えないということだ。ちびメタルを倒すなら今だろう。

―――ムキになりすぎだな俺も・・・・・・・

ふと、メタルは心中で笑った。
彼らを成長させたくて必死なのだろうな、と結論付けると、目の前に迫ったちびメタルに対しブレードを構えた。
彼の、自分とまったく同じ顔が、恐怖に震えていた。

「ちゃんと、避けろよ」

「・・・・・・・・!!!!!」

そう、言ってメタルはブレードを放った。

「めたる!!!!!!!!」

しかし、ちびメタルは恐怖からか動く気配もない。ただ、赤い瞳を見開いてブレードを凝視する。
ちびクイックの助勢も間に合わないだろう。
・・・・終わったな、とメタルは思った。彼には戦闘用ロボットとしてのスパルタ教育が必要なのだとも。彼が悪い訳ではない。甘やかしてしまった自分たちの責任だ。
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」

瞳を見開いたちびメタルに、メタルブレードが突き刺さらんとしたその時。

「!!!?」

空間が、歪んだ。ビルが、瓦礫が、灰色の空が、ぐにゃりと奇妙な形を作る。微かな空間の割れ目が現れ、その中に0と1のデータの羅列が混在している。
メタルが作り出した空間に何者かが介入しているようだった。
・・・・・まさか、まさか

―――ちび・・・・・・?

ちびメタルに到達した“はず”のメタルブレードは、彼に突き刺さってはいなかった。
彼の周りが何か、透明な壁で覆われている。ブレードは彼に到達することなく地面に投げ出されていた。
 
「おとうさん、どんな方法つかってもいいって・・・言ったから。ごめんね、空間支配しちゃった」

「!!!!!!!!」

確かに、どんな方法を使ってもいいとは言った。
しかし、自分とて簡単に支配できるようなデジタル空間を作ってはいない。念入りに、プロテクトも何重にもかけた。
なのに、彼はこの短時間にこの空間のセキュリティを抜け、支配してしまったという。

「ホントは・・・駄目なんだよねズルだよね・・・・ごめん、なさい」

すまなさそうに呟いたちびメタルの赤い瞳が、不気味に光っていた。
彼は、デジタル面で圧倒的に自分を超えている。嬉しさなのか、恐れなのか全身がぶるりと震えた。

「つかまえたーーーーーーー」

「・・・・・・・!!!!!!!」

あまりの驚愕に、メタルは背後に迫っていたちびクイックの存在を忘れてしまっていた。振り向いたときには、彼のクイックブーメランがメタルの頭部目がけて振り下ろされているところだった。
機体は電子頭脳の混乱からか、動いてくれそうにも無い。デジタル世界での模擬戦闘と言っても頭部を破壊されるような経験は無かったが、恐ろしくは無かった。ただ純粋に嬉しいと思い、破壊されるのを待った。
しかし、目の前に迫ったクイックブーメランはいつの間にか消失していた。
・・・いや、クイックブーメランごとちびクイックの機体がぶっ飛んだのだった。何事かと、メタルは辺りを見渡す。

「悪ぃな」

赤い、残像が急に目の前に現れる。

「見たくねえんだ。デジタル空間でも、メタルが壊されんの」

「クイック?」

赤い後姿が、クイックブーメランを地面に突き刺す。振り向き、メタルのほうを見てニヤリ笑った。

「強いなあいつら、流石俺たちのコピーだ。なあ?オトーサマ?」

「あ、ああ・・・・・・・」

そう言ったクイックの顔も、嬉しそうだった。

「お・・・おかあさん、ぼくらの味方だっていったじゃない・・・」

「そ・・・・そうだよお・・・・・ずるいよかあちゃん」

「おめえらだって空間操ってズルしたろ!おあいこだおあいこ!空間操ってなかったらおめえらメタルに瞬殺されてたぞ!それに・・・・だから、俺は、メタルが壊れてんのは見たくねえんだって」

「ううううう〜〜〜おれはズルしてねえもん・・・・めたるがやったんだもん」

「ご・・・・ごめんなさい・・・・・」

「まあ、いいや。お前らすげえよ、たいしたもんだ。ほらメタル、もう満足だろ、帰ろうぜ」

クイックが、快活に笑いながらメタルの手を取った。
メタルは、少々呆気に取られたような顔をすると、頷いた。









デジタル空間から戻れば、いつもと同じ小さなサイズの二機はとても眠そうにあくびをした。デジタル空間では電子頭脳を酷使する。どうやら相当疲れてしまったようだった。
特に空間支配までしたちびメタルは今にも閉じてしまいそうな瞳のまま、頭を垂れていた。

「とうちゃん・・・・ねむい・・・・うごけない・・・・」

「うう・・・・・ぼくもうたおれそう・・・・」

クイックはそんな二機をヒョイと抱き上げると「よしよし」とあやすように機体を揺らす。直ぐに、ちびクイックは彼の胸に顔をうずめた。

「ほら、メタル。おまえちびメタル持ってけ・・・・あんまり無理させんな。こいつら容量少ないんだから」

「・・・・そうだな・・・」

現実世界に戻ってみれば、彼等はいつもの彼等と変わらないようではあったが、確かに成長しているのだ。
しかしその成長はメタルの予測以上だった。戦闘用としてはまだまだではあるし、訓練の必要性がある。
だが驚いたのは、ちびメタルが空間支配するほどデジタルに秀でていたということだ。彼は恐らく、とっくに自分を超えていた。
クイックから受け取ったちびメタルの眠そうな顔を見たが、やはりそんな風には見えず、いつもと同じ可愛らしい顔があるだけだった。
その、眠気からか潤んだ赤の瞳がメタルを見た。

「ねえ、おとうさん」

「・・・・どうした???」

メタルは、デジタル空間とは打って変って優しく微笑んだ。

「ぼく、まだおとうさんこえてないよね、まだいっしょにいれるんだよね?」

「・・・・・・あ、ああ・・・・・」

「・・・よかった・・・・どこにもいかないでね。ぼく、いまのままがいい」

言い終えた途端、ちびメタルの瞳は閉じられた。すぐにすうすうという寝息が聞こえてくる。
メタルはその機体を優しく抱きしめた。

「メタルーーもう行こうぜ俺も疲れたよー」

「ああ・・・・・」

クイックの言葉に、メタルは歩を進めた。

―――俺も今のままがいい

しかし、それは単なるわがままだ。
戦闘用ロボットである自分たちに安らぎなど・・・・直ぐにそう思い返し首を振る。
廊下に出ると、にこにこと笑うクイックの顔が一番に映った。
 
―――俺は“家族”が欲しかったのか。ただ単に、“家族が”

だとしたらなんて滑稽なロボットなんだと、メタルは心中で呟いていた。

 


END
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