リクエスト小説

□「好き」の心をもう一度
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大好きだったんだ。本当に。男同士だったけど、もしかしたら初恋だったのかもしれない。




けれど「あの日」以降、そんな気持ちは押し潰されて壊れてしまった。



気が付くと二人分の影が自身の足下にあり、綱吉は慌てて俯いていた顔を上げる。

するといつの間にか、すぐ目の前に恭弥が立っていた。


「な、なに…!」


手が伸びてきたかと思うと、かけていた眼鏡をとられる。


「…やっぱり、この眼鏡のレンズは硝子製。本当は視力なんて悪くないんだろう?」

「か、返して!!」

「しかも黒縁の丸い眼鏡なんて…今時、よくこんなもの見付けたね。」

「うるさい!!返せって言ってるだろ?!」


眼鏡を取り返そうと手を伸ばすが、身長差もありなかなか眼鏡に届かない。


「…やだ。この眼鏡は僕が預かっておくよ。」

恭弥はそう言いながら、眼鏡をシャツの胸ポケットの中にしまった。

「なに勝手なことを言って…っ!」


なおも眼鏡を取り返そうとしていた手は恭弥に片手で簡単に絡めとられてしまい、綱吉は背後の壁に押さえ付けられてしまった。


目の前には、触れそうな程に近い、恭弥の整った顔。


「っ、はな、せっ!」

「…いやだ。」


恭弥は片方の手で綱吉の両手を押さえ付けながら、もう片方の手で綱吉の顎を掴む。

恭弥の力は強く、いくら振りほどこうともがいても、びくともしない。


「…やっぱり、君は綺麗だね。」

「なに、言ってっ?!」


フワ、リ――


次の瞬間感じたのは、石鹸のような清潔な香りと、唇に触れた柔らかい熱の感触。





窓から射し込む夕焼けの光が、とても美しく、そして儚げに見えた――




***


「…ただいま。」

「お帰りなさい、ツナ!遅かったわね〜。」

「うん、ちょっと色々あって…」


玄関から居間に移動すると、奈々は夕飯の準備をしていた。いつものようにとてもいい匂いが漂っているのだが、流石に今日は食欲がない。

「そうそう!今日久しぶりに恭華さんから電話が来たのよ!」


自室へ行こうと階段を登ろうとした際に聞こえてきた「恭華」という名前に、足をふと止める。

どうして今、あの人がこの家に電話してくるのだろう。


「久しぶりだったから、つい長電話しちゃったわ〜!」

「恭華さん、何か言ってた?」

「そう!なんでも、恭弥君がこの街に来てるみたいなの!懐かしいわよね!」

「…そうだね。」


もう少し、早く伝えて欲しかったけど…


「あと、ツナに『しばらくは迷惑かけるだろうけど、恭弥の事をよろしくお願いします』って伝えて欲しいですって!」

「…分かったよ。」


今度こそ階段を登り、自室に向かう。

綱吉はドアを閉めると、その場にズルズルと座り込んだ。


恭華は恭弥の母親であり、綱吉の事を自分の子どものように接してくれていた。

だからこそ、『あの時』も綱吉の頼みを聞いてくれたのだ。

恭弥には絶対に引っ越し先や連絡先を教えないという頼みを。


なのに…


「今更、どうして…」


半ば無意識に、唇を指でなぞる。

放課後の音楽室で唇を重ねた後、恭弥を突き飛ばして逃げてきたのだ。


唇の柔らかさも、耳に残る心地よい低い声も、思い出すだけで身体が熱くなる。


『…やっぱり、君は綺麗だね。』


「…っ!止めて!!」

目をきつく閉じて、手で耳をふさぐ。


「お願いだから、もう近付いてこないで…」


目を閉じているため暗闇の筈なのに、何故か音楽室で見たあの夕焼けが瞼の裏から離れなかった。











「おはよう、綱吉。」

「……、」

次の日の朝、いつも通りに玄関の扉を開くと、笑みを浮かべた恭弥が立っていた。


「あら、もしかして恭弥君?久しぶりね〜!大きくなって!」

「お久しぶりです、奈々さん。昨日並盛に引っ越してきました。綱吉と同じ中学に通いますので、これからよろしくお願いします。」

「まぁ、本当に?良かったわね、ツナ!また恭弥君と一緒に遊べるわよ!」

「う、うん…ι」
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