記念部屋

□薔薇と牙
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あの“存在”と出会ったのは、僕が中学生の頃だった――




***



薄暗い路地裏。


繁華街を横道に逸れた場所。人の気配が殆どなく、明るく輝くネオンや太陽の光さえ届かないこの路地裏に、『異形』がいた。







ヒュンッ

バキッ

ドカッ



「…ぅ…」

「ひっ…!」

「ふん、弱すぎる。この町で風紀を乱す行いは僕が許さない。」



薄暗い路地裏には、3人の少年がいた。

その内一人はガラの悪そうな、隣町の高校指定の制服を着た高校生であり、血だらけで倒れている。

そしてその倒れた少年の正面には腕の部分に「風紀」と刺繍の入った腕章が付けられた黒い学ランを羽織り、手にはトンファーを持った少年が仁王立ちしていた。

もう一人、並盛中学校の制服を着た少年は、二人から少し離れた場所で学ランの少年とつい先程まで自分をカツアゲしていた高校生を見比べ、震えていた。


「これに懲りたら二度とこの並盛には近付かない事だね。」


学ランの少年、雲雀恭弥が血の付いたトンファーを一振りして立ち去ろうとしたその時――


『血の、匂い…』


路地裏に、掠れた男の声が響いた。



「っ?!」


恭弥が気配を感じ、振り向くと、倒れている高校生のすぐ傍に男が立っていた。

その男はじっと高校生を見詰めた後、ゆっくりと恭弥を振り向く。


男は白いシャツに黒いズボンという出で立ちであったが、男がこちらを向いた瞬間に『普通』ではない事に気付いた。


白いシャツには暗い中でも目立つ程の赤黒い血が付着しており、手からは長く鋭い爪が生え、口元には同じく長く鋭い牙が生えていた。

爪や口元にも、渇いた赤黒い血がこびりついている。

尋常ではない程青白い男の肌に、一層その赤黒さが目立つ。

黒い髪から覗く男の目も、付着した血と同じ赤黒い色。



「うわぁぁぁ゛ーーッ!!!」



カツアゲされていた並中生は、もう限界だったのであろう。男が振り向いた瞬間、叫びながら繁華街の方へと走り去った。


「…君、何?」

恭弥は驚きながらもトンファーを構える。



この男は明らかに正気ではない。


そもそも人間なのだろうか?男からは『生者』の気配を感じないのだ。


例えるならば、『死』。


血まみれな事もあり、男からは独特な血の匂いがする。


血と、腐敗の匂い。


…『死』の匂い。



恭弥は冷や汗を流しながらも男を睨む。


「…こいつノ血は、不味ソウな匂いがすル…ダが…」


男は高校生を一瞥すると、掠れた声で言葉を発した。

男は恭弥に視線を移すと、ニタリと笑みを浮かべる。


「おマエの血ハ、旨そウダ…」

「っ!!!」


男が笑みを浮かべた時、恭弥は背筋に悪寒を感じた。

半ば無意識に自身の頬を触る。

先程自分が愛用のトンファーで咬み殺した高校生は懐にナイフを忍ばせており、暗く見通しの悪い路地裏の為、不覚にも頬にかすり傷を負ってしまったのだ。


「っ君、気持ち悪いよ…!」


恭弥は男に向かってトンファーを思い切り振り上げた。

何故か男は避けようともせず、笑みを浮かべながらただ立っている。



ミシィッ!



恭弥は目を見開いた。目の前で起こった事が信じられなかったのだ。

トンファーを受けてなお、男は平然としていたからである。

茫然としたのも一瞬。殺気を感じ、瞬時に男から離れると、瞬間、自分がいた場所が深く抉れていた。


男の動作は、ただ腕を振り下ろしただけ。


目の前で起こったあり得ない出来事に、恭弥は唇を噛んだ。


この男は、『人間』ではない。


(…幽霊やら化け物やらは信じないタチだけど…こんなのが人間であってたまるか!!)


恭弥はトンファーから仕込み棘と玉鎖を出すと、再び男に向かっていった。







「ッ、ハァッ、ハッ!」


辺りの壁や地面は所々抉れている。

ここら一帯で、激しい戦闘が行われた事が見てとれる。


恭弥は方膝をつきながら、男を睨み付けていた。

恭弥は傷だらけでボロボロだが、男は無傷で平然としている。息一つ乱れていない。
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