パラレル小説
□『箱庭の空』〜序章〜
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「沢田様、天子様がお呼びに御座います。」
「…もう、そんな時期ですか…」
広い屋敷の一室。
和室の上座にて本を読んでいた少年は自分に向かって頭を下げる宮仕えの人間の言葉に顔を上げた。
「分かりました。すぐに参りますと天子様にお伝えください。」
「かしこまりました。」
退出していく人物を見送った後、手に持っていた本を棚に直して正装を持ってくるよう廊下に待機していた付き人に頼む。
「分かりました!すぐにお持ち致します!」
「うん。お願いね、獄寺君!」
「任せてください!十代目!!」
付き人が去った後、ふと何気なく半開きとなっていた障子を更に開き空を見上げる。
空はどこまでも青く、そして一つの白い浮き雲がその青空に漂っていた。
まるでその青空を覆い隠すかのように――
***
「…面倒な時期になったよ。」
宮仕えの人間を一瞥しながらも黒衣を身に纏った少年は苛立たしそうに舌打ちした。
宮仕えの者はこの屋敷の主人たる少年に頭を下げながらも震えている。目の前の少年と遠縁にあたる親族の少年とは大違いだ。
優しい眼差しの琥珀色の少年を思い浮かべる。
今頃賭け事に勝った同僚は彼の屋敷であの優しい微笑みに癒されながら、屋敷の朗らかな使用人達から土産物でも貰っているのだろう。
来年こそはかの同僚にはこちらに来てもらおうと決意しながらも必死に黒衣の少年をなだめる。
「ひ、雀様、しかしながらこの行事は長年続けられていた事。代々雲雀家御当主様ならびに沢田家御当主様方が天子様と共にこの国の安定を願う大切な行事に御座います。雲雀様が御参加なさらなければ行事が…」
「煩いよ。ただ天子と会話を交わすだけじゃないか。くだらない。わざわざ足を運んで老いぼれの長話に付き合う暇はない。」
宮仕えの男は息を飲んだ。
この国を治める存在である天子(テンシ)に対して「老いぼれ」などと普通の者が口にすれば、確実に首が飛ぶ。
「老いぼれに伝えなよ。そんなにくだらない長話を聞いて欲しいなら自分で此方に来いってね。」
「ひ、雲雀様!」
話はもう終わりだとでも言うように部屋を退席しようとする少年の背中に向かって、男は天子からの言伝てを伝えた。
「こ、今回の宴では雲雀家ならびに沢田家の両御当主様方と合同に催すとのお達しに御座います!」
ピタリ
少年は訝しげに男を振り返る。
「…どういう事?これまで沢田家当主との接触は禁じられていたじゃないか。」
「わ、私どもも詳しい事は分からぬのですが、どうやら近々次代の天子様をお決めになるのではないかとのもっぱらの噂に御座います!」
「ふぅん。」
雲雀家も沢田家も天子の系譜であり、代わりがわりに天子を継いでいた。
しかし、今回は…
「元々雲雀家と沢田家の両家は代々男子と女子が交互に生まれており、男子が産まれた御家の者が天子様となっておりましたが、今回のように両家共に男子が産まれた事は極めて異例に御座います!その為に不吉な事が起こらぬようにとお二方が決して出逢わぬようにとの事でお二方が顔を逢わせぬようにして参りました!しかしながら、お二方共今年で十四、五となり、立派な天子様候補!この行事を機に両家御当主であります恭弥様と綱吉様の顔合わせをなさり、どちらが天子様として相応しいかどうかを見極めるおつもりではないかとの話で御座います!」
「もう一人の天子候補、ねぇ。」
そもそも天子という位にそれほど興味はない。しかし、誰かの下につくというのは自分のプライドが許せないし、考えられない。
「…面白い。」
「ひ、雲雀様…?ι」
口角を上げてニヤリと笑みを浮かべる少年、恭弥に男は身震いする。