触れる心
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しばらくして落ち着いた私は、病院内を歩き回っていた。
すると、中庭に見慣れた人影が見えたので、声をかける。
『こんにちは』
「こんにちは、」
『どうですか、調子は?』
彼女は微笑む。
名前も知らない彼女とは、たまにこうして言葉を交わす。
「捨て猫をね、拾ったの」
『そうなんですか。』
でも、猫なんてこの病院で飼えたっけ、という疑問を口には出さずに頭に浮かべた。
「ケンカばっかりして、ケガして・・・でも、戻ってきてくれる」
そう語る彼女の瞳は、優しかった。
どうしてか、彼女と砂名が被ってしまう・・・。
「明日も、来てくれるかしら」
『来てくれますよ、絶対に。』
この病院は、結構有名な精神病院。だからここに通う人はそれぞれに問題を抱えている。それはもちろん、彼女も、私も。
私は、空の病室に向かった。
誰もいない、真っ白な部屋。ベッドも、布団も、シーツも、壁も、天井も、カーテンも。
窓から覗く空は、憎らしいほど澄んでいる。
私は、少し息を吐いてシワ1つないベッドを乱すようにベッドに背中から倒れ込んだ。
視界を占めるのはシミ1つない白。白、白、しろ、シロ。
思い出すのは白を汚した赤。
彼は、真っ白なシャツをまとい、真っ赤な血でそれを染めていた。
「アイツには言わないでくれ───‥‥」
プレイバックする彼の声。
辛そうな、苦しそうなその声に、泣きそうな感覚に陥る。
「死にたく、ねぇな‥‥」
微笑みながら言った彼の、閉じた瞼の裏に映っていたのは、
叶 玲子
『死にたくなかったんなら、死ななきゃいいのに‥‥』
一筋、涙が頬を濡らした。
バカ忍、
呟いた名前は、まっさらな純粋の白に吸い込まれていった──‥‥。
君の瞳に映りたかった
(君の歌が、聴きたい‥‥。)
END
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中庭の彼女はお察しのとおり、砂名の母親です
100317 真宮 瑠榎