壱之花

□初触
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 昔、世界は余りに狭くて…一人ぼっちだった。

 傷つくのが嫌で、一人ぼっちも嫌な馬鹿な子ども…綺麗な顔で得をした事なぞ一度もない。

 それでも友を得て、仕事に打ち込む事が出来る今は幸せなのかも知れない。

 造作なぞ気にしない、少数でも誰かに理解されれば、十分に幸せ───

「黄尚書さん?これここに置いていーの?」

 思考に囚われていた鳳珠の前に、突然現れた燕青が手にした書簡を差し示す。

「吏部の前で景侍郎さんに会ってさーなんか吏部の人に捕まってて、これ急ぎだから頼みますって」

 鳳珠に向け、にかっと愛嬌のある笑顔を溢す。

 あの気遣い性の柚梨が違う部の人間に気楽に頼み事をするのも、この男の持つ陽気に当てられての事かも知れない。

 実際憎めない、人好きのする男だ。

 うっとうしい髭の有無なぞ問題にならない。

「あれ?なんか機嫌悪い?」

「…私は何時も同じだ」

 仮面越しに鳳珠の機嫌を図れるのは僅かしかいないのに、燕青は当然の如く読み当てる。

「うっそーこう、空気がぴりぴりしてるって」

 
 そう言った燕青は奇人の仮面を素早く外してしまう。

「当ったりー鳳珠さん、眉間の皺すげー」

 笑いながら燕青がぐりぐりと指先で鳳珠の眉間を揉みほぐす。

 鳳珠はその目前にある顔から、思わず己の顔を背けてしまう。

「あれ?怒っちゃいました?」

「…当たり前だ」

 顔を完全に隠すようになってはや幾年…間近に顔を見られるのは苦痛だった。

「それにしても、本当に綺麗な顔だなー」

 そんな鳳珠の気持ちを知らず、横顔をまじまじと見つめた燕青は嘆息する。

「綺麗な顔なぞ男に必要ない。男としてはお前くらいの顔が丁度良い」

「へっ?」

「…この顔では嫁の来てどころか、愛人のなり手すらないわ」

 思わぬ言葉に燕青の目が点になる。

 だが直ぐに笑い出した。

「───笑うな」

「すいません…つい…じゃあ鳳珠さん、今まで誰とも『お付き合い』した事ないんだ?」

「…皆顔を見た瞬間走って逃げるか、固まってしまうかだからな」

 鳳珠とて好きで独り身を通している訳ではない。

 自分の顔を見ても動じない、好ましい女性に出会えないだけなのだ。

 
「じゃあくちづけすらした事ないんですか?」

 にやりと笑った燕青がずばり聞いてくる。

 鳳珠はそれに無言を返した。

 情けなくとも、嘘は付けない。

 

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