壱之花
□相不
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後宮を鮮やかに彩る華やかな花……女官達が一所に集い、かしましく騒いでいる。
その様子を見て、霄は小さな溜め息を吐き出した。
目当ての人物を探し当てるのにこれほど判り易い目印もないだろう──と。
「櫂瑜殿──」
人垣の外から声を掛けると、霄に気付いた女官達が次々と場所を譲り、中心にいる人物と霄を隔てるものがなくなった。
「おや、霄。君から声が掛かるとは珍しい……何か御用ですか?」
穏やかな声で答える櫂瑜は、女官達の中心でにこやかに霄を迎え入れた。
「──用がなかったら、わざわざ貴方を探したりなぞしません……主上がお呼びです」
至って面白くなさそうに、素っ気なく答える霄に気分を害した風もなく櫂瑜は頷く。
「確かにその通りですね。では、参りましょうか」
軽い会釈を女官達に送り、惜しむ女官達に見送られその場を後にする。
一度、何時までも見送る彼女達を振り返るとにこやかに微笑みながら軽く手を上げた。すると遠く離れた場所で叫声が上がる。
「相も変わらずの常春頭が」
その様子に思わずぼそりと溢した霄の呟きを聞き、櫂瑜の表情が楽し気に笑み崩れる。
「常春とは、それはまた良い喩えですね」
霄の苦々しい表情も気に止めず、櫂瑜はまるで詠うが如く言葉を紡ぐ。
「まさしく、この世の春を誘うは人の営み──」
だが霄が面白くなさそうに顔を背けてしまうのに、櫂瑜は語るのを止め、小さく肩を竦める。
「おやおや……君の不機嫌の理由は、一体どちらにあるんでしょうね」
その呟きに、霄の眉が寄せられた。
「別に不機嫌な訳じゃなく、私は呆れているだけです」
その答えに櫂瑜は小さな笑声を溢す。
「鴛洵が英姫殿を追ってからというもの、君はずっとその調子ですけれどね?」
揶喩する響きがある訳ではないが、なんとなく気に入らず、霄は答えない。
「一人残されてそれほど寂しいのなら、私が慰めて差し上げますよ」
何時もと変わらぬ平静な口調でそう告げる櫂瑜に霄の方がぎょっとする。
「誰が慰めて欲しいなどと……」
「君がそんな沈んだ風だと、こちらも気に掛りますからね」
そう言う櫂瑜の手が、自分の方へと伸ばされ掛けているのに気付いた霄は、素早く身体ごと避けた。
「──ご親切な事ですね。貴方は女官達相手に、愛想振り撒いてりゃいいんです」
空を泳ぐことになった櫂瑜の手は、ごく自然に胸元へと引き戻される。
「男も女も、この際関係無いと思いますけれど」
櫂瑜は静かに微笑んだ。
「人は皆寂しい――だから、傍に誰かを置きたがる。傍に置いたところで全てが埋まる訳でなし、虚しいことですが、それでも、少しは埋まるものもある。人は誰しも寂しがりですが、霄、君は……」
微笑みの中に僅かに苦笑が混じる。
「……君は誰よりも寂しがりの癖に、誰も傍には置きたがらない。それでも少し離れたところで、誰かを見つめて──」
「──貴方の勝手な思い込みですよ、それは。お優しい貴方らしいですが、私には他人との関わりなぞ煩わしいだけだ」
何も知らぬのに、知ったように言う──霄は振り払うように吐き捨てる。