壱之花
□冷唇
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夜空に浮かぶ月は満ち、冴え澄み渡る暗闇に明るい。
その暗黒に光る様は、ある意味真昼の太陽よりも眩く思える。
地に差し込む白き光が、静寂に吸い込まれるような、錯覚。
「──色々、思い出させてしまいましたか?」
柔らかい、労るような声が掛けられ、振り向けばゆっくりと悠舜が近付いて来るのが見えた。
「ふんっ、白々しい事を──わざと思い出させたのだろう?」
そう責めれば肯定するが如く、その口元に笑みが浮かぶ。
己の弱みを見られたなら、すかさず相手の弱みを揺する……質の悪い相手だと、皇毅は苦虫を噛み潰す。
悠舜はゆっくり時間を掛け皇毅の傍らに歩み寄ると、同じように夜空に視線を向けた。
人のざわめきが遠い。
向こうではまだ蝗害対策について話し合われている最中だ。
旺季と、旺季の指揮する軍に全てが委ねられ、既に御史の出る幕はない。
だが、まだやるべき事は残っている。ありとあらゆる、打てる手の全てを。
己の考えに沈んでいた皇毅はふと我に返り、静かに隣に立つその横顔に視線を落とす。
「お前が居なくて良いのか?」
「ええ、今の私に出来ること──伝えるべきは全て伝え終えましたから」
そう答え、悠舜は笑む。
「狙い通り、か」
「ええ、冷や冷やしましたが──今、この時期にリオウ君が此処に居なかったのには助かりました」
満足げに、晴れやかな笑みを浮かべる悠舜に皇毅は溜め息を深く吐く。
「此方としては頭の痛い問題が、お前にとっての幸運か」
「ええ、きっと日頃の行いが良いからですね」
平然と言う悠舜に、皇毅は何も答えない。
ただ青白い月光に誤魔化されるその表情に軽く眉を寄せた。
「片が付いたなら、今日は帰って休め。数刻前は本当に死にそうな面だったぞ」
「そうですね……あと一つ、やり残した事を片付けたら──」
「やり残し──?」
皇毅が尋ね返すよりも早く、伸ばされた悠舜の冷たい指先が頬に添えられ、口唇が重ねられる。
血の気を感じない、ひいやりとした冷たい口唇……
「貴方を慰めて……それから休みます」
皇毅は自分を覗き込む、その瞳を見つめる。
その双眸から真実を汲み取ろうとするのは、月の光を己が手に掬おうとするが如く愚かだ。