壱之花
□解髪
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突然髪が引っ張られる。
「痛っ‥」
思わぬ事に驚き、悠舜は声を上げてしまう。
「黎深…」
髪を手に取った相手を認めた悠舜は、眉を微かに顰めた。
昼下がりの宿…客は次々と出立し、続け客達も銘々街へと繰り出してしまい、宿に残る者は殆どない。
朝方まで共にいた飛翔と鳳珠もそれぞれ出掛け、戻るのは夕刻過ぎ…
珍しく人気のない、静かな午睡刻となった。
その静けさに心置きなく書物に没頭していたところだったのに。
黎深が傍らに居たのは覚えていたが、借りてきた猫より大人しくしていたので気にせずいたら…突然引っ掻かれた。
「突然髪を引っ張られると驚きますよ?」
「髪…」
不機嫌にぽつりと呟いた黎深は、手に取った悠舜の髪をじっと見つめていた。
「髪?」
黎深の呟きに思わず尋ね返す。
意味不明な事ばかり繰り返す黎深だが、彼には彼なりの理由があるらしい。
悠舜は根気よく尋ね返した。
「髪が…私の髪がどうかしましたか?」
「…初めて会った時は下ろしていた」
ぽつりと言われて思い返す。
───確かに初めて会った時、髪を結ってはいなかったですね。
だがそれがどうしたと言うのか?
悠舜が答えないままでいると、何を考えたのか黎深が勝手に髪を解きだす。
「やめなさい…黎深」
黎深のたどたどしい指先が髪に絡む。
肌に触れる擽ったさと、勝手な振る舞いへの不愉快さに自然と口調がきつくなる。
「黎深…人の髪に勝手に触れたりするのは失礼ですよ?」
悠舜の隠そうとしない不機嫌な口調に、黎深はしぶしぶ手を離した。
「…結わない方がいい」
「は?」
ぽつりと呟いた意味が解らず、悠舜は呆気に取られる。
「髪を解いてる方がいい」
そのままそっぽを向いてしまった黎深を前に、悠舜は自分の髪を摘んで見た。
(髪、ねぇ…)
突然思いついたのは、悪戯。
黎深がどんな表情を見せるのかを見たくなって───