捧 呈

□媚熱
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「龍蓮…頼むから今宵くらいは邸で大人しくしてくれないかな?」

「嫌だ、断る」

先程から何度も繰り返される不毛な会話。

「その身体でふらふらと出歩かれたら、私がどれほど心配するか判らないのかい?」

「心配なぞいらぬ。旅の昊の下であれば、この程度の熱は病に数えぬものだ」

頑に言い張り、邸を出ようとする龍蓮の腕を楸瑛は捉え離さない。

「今は旅の途中ではないよ…全く、風邪をひくからちゃんと髪を拭きなさい、薄着はやめなさいと注意しても聞かない、熱があるなら大人しく寝ていなさいと言っても聞かない…私が幾ら言っても君は何一つ聞きはしない」

「必要ないからだろう」

腕を振り払おうとする龍蓮を楸瑛は問答無用で抱き上げた。

「何をする愚兄、下ろせっ」

常であれば楸瑛を振り払う事なぞ苦でもない筈の龍蓮が、その腕から逃れる事すら満足に出来ない。

「ほら、熱のせいでろくに力も入っていないじゃないか。大人しく寝ていなさい…いいね?龍蓮?」

「…判った」

しぶしぶながらもやっと頷いた龍蓮に楸瑛も笑みを浮かべた。

「いい子だ」

その笑顔から目を逸らすように龍蓮は顔を背ける。

 
「…大人しく休むと約束しよう。だから下ろせ」

「ついでだから臥所まで連れて行くよ」

龍蓮を軽々と抱き上げたまま楸瑛は歩き出す。

「薬を飲んで大人しく眠れば直ぐ良くなるから…ね?」

まるで小さな子どもをあやすように言って顔を寄せた楸瑛に龍蓮は眉を顰める。

「…この程度の熱で楸兄上は騒ぎ過ぎだ」

「大事な弟の何時もと違う様子を見て、心配しない兄はいないよ」

大事な弟…その言葉に龍蓮は苦笑を洩らした。

「…大事、か」

「なんだい?不服かい?」

その言葉に皮肉げな響きを感じとり、楸瑛は腕の中の龍蓮に視線を向ける。

「別に。楸兄上のように大事なものの多い人生もまた大変だなと思ったまでだ」

「選べない程多くはないから心配はいらないよ」

そう答えた楸瑛の表情を龍蓮はちらりと盗み見た。

熱のせいか何時もより可愛げを感じさせる弟に、楸瑛は微笑み掛ける。

「…本当に大事な者は、ちゃんと選ぶ」

楸瑛は龍蓮を臥所まで運ぶと着替えを手伝い、寝かし付け…と、かいがいしく世話を焼く。

龍蓮は逆らわず促されるがままに素直に着替え、横になった。

 

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