捧 呈

□紅痕
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 黄昏時…淡い光を受けながら、はらはら白い花が散る。

 その様に何かを連想仕掛け、向こうから歩いて来る人影に眼を取られる。

 少し乱暴な足取りで、背を真っ直ぐと歩む姿を認め、自然と口元が笑む───

「李侍郎」

 略礼を取り常のように声を掛けると、何故かほんの僅かに動揺を見せた。

 だが直ぐに何事もないような顔を向けてくる。

「楊修…お前も吏部へか?」

「ええ、ご一緒しましょう」

 先程の動揺は綺麗に包み隠し、完璧な上司の仮面を付け彼は微笑む。

 並んで交わす言葉にも、職責におうた威厳と落ち着きが醸し出される。

 時折見せる、不自然な仕草以外は。

「…どうされました?」

「?」

「さっきから頻りに首筋を擦っていらっしゃる」

 瞬間的に手を伸ばす彼より早く襟元に指を掛け、拡げる。

 白い肌…そこに残る、一際紅い痕。

 それはまるで、深まった黄昏のような紅痕。

「楊修っ!いきなり…」

「…季節外れの虫ですね」

「…は?」

「ほら、ここに…虫刺されの痕が…」

 その言葉に彼の緊張が緩むのが見て取れる。

「あぁ…気付かなかったな、何時‥」

 
 顔を近付けた。

 相手が怪訝に思うより先に舌先は紅い痕に触れる。

 舌先がそこをなぞると、白い肌がぴくりと震えた。

「楊修様っ!」

 動揺からか、侍郎の仮面が剥がれ落ちてゆく…それは、先とは比べ物にならない程残らずに。

「様はいりません。貴方は私の上司です」

 襟元を戻しながら、狼狽える彼に微笑んで見せる。

「あっあのっ…」

「消毒ですよ?」

 くすりと笑ってしまったのは、己自身の言葉に。

「取りあえず除虫草を焚かせましょうか。他の部にも声を掛けた方が良いですね」

 笑いながら告げる言葉に彼の口唇が震える。

「‥っ」

 何か言いたげな彼を無視して、先に進むように促した。

「さぁ、行きましょうか、李侍郎?」

 
 互いに無言になり、ふと視線が先程の花に向かう。

 降るように散り続ける白の花…黄昏が白を紅に染め変えて。

 白い花が散る様に、己が何を想ったかを知る。

「…楊修?」

 隣を歩く彼が思わず洩らした笑声に気付き、不思議そうに見上げてくる。

「…何でもありませんよ、絳攸」

 名で呼ばれた事に驚き、足を止めた彼の瞠った瞳に見つめられた。

 だがやがて、瞳は静かな色を取り戻す。

「…私が上司だと、言ったのはお前だろう」

「失礼致しました、李侍郎」

 真っ直ぐと前を見つめ、歩き出した彼に頭を垂れた。

 そして再び、歩みを共にする。



 想った事はただ一つ…

 白い花を、散らす事が許せない。

 どうしても散らずにいられぬものならば、いっそこの手で紅と散らして───





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