宝 殿

□允擁
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灯りを落とした闇の中。
うっすらと星明かりに、白い肢体が蠢いている。
男の腰に跨って身体を揺らす女を遠目に見て、魁斗は密やかに息を吐いた。

好都合だ。人払いのされた室に標的が二人だけ。情事に溺れていれば何がなんだか分からぬうちに送ってやれる。

窓から音もなく忍び込むと、一瞬の内に女の首が宙を飛んだ。

熱い血潮がまともに男に降りかかる。
血の海になった臥台で、首を失った白い躯に腕を廻したまま、呆けた顔をした男の瞳が、黒い影を捉えた。

刹那。男の首が肩から離され、男は永遠にその表情を保つことになった。


「さて、どうするかな?」


濃い血臭の満ちる室で、魁斗は眉を寄せた。
命を奪うのはこの二人のみ。だが、確実に兇手の手にかかったと知らしめろというのが指令。

邸内には、まだ起きて仕事をする使用人たちの物音が聞こえる。
病没などと取り繕えないようにするには死体を持ち出すのが手っ取り早い方法だ。

落ちた男の首に纏わりついたままの髪を掴み、窓へと向かう。
振り返ると、互いに首をなくした二人の躯はまだ繋がったままだ。
それが、滑稽なのか、哀れなのか、もしかしたら羨むべきなのか。
それらのどの感情も動かない自分に吐き気を覚えながら、魁斗はスルリと外へ降り立った。

†・・†・・†

井戸端で衣を全て脱ぎ捨て、勢いよく水をかぶる。暁時とはいえ夏のこと。寒くはないが、乾いた血糊は水をかぶったくらいでは容易に落ちない。
糸瓜の繊維を乾かした物を手に取り、丹念に擦る。


「よう、相変わらず細っこいなぁ、魁」


台所から首だけだして話しかけてきた男は、その巨躯にもかかわらず魁斗と同様に音もなく近寄った。


「寝てろ、北斗」


命令口調で言ってみたが、北斗は怯まずに魁斗の手から糸瓜を取り上げ、思いっきり痩せた背を擦り上げた。


「痛い」

「そうか?」


北斗は面白そうに口を歪めて笑い、糸瓜を掴む手にますます力を込める。


「一人で仕事かよ」

「僕一人で充分な仕事だったよ」

「なら、俺に回せ」

「やだね」

「なぜ?」


何故と問われて思いつく答えは幾つもあったが、説明するのも面倒くさい気がして口を噤んだ。


「寝てないのはお前だよ、魁。寝ろ」


すっかり洗い終わると、北斗は有無を言わさず魁斗の痩躯を抱き上げた。


「下ろせ」

「やだ」

「なぜ……」

と、言いかけて、ついさっきした問答とそっくりなことにウンザリし、魁斗は口を閉じる。
その様子にくっくと笑い声を立てた北斗は、自分よりずっと年若い首領を臥台に放り込んだ。


「睡眠なんて、たいして必要じゃないんだ」


一応言ってみたが、北斗はまた可笑しそうに笑った。


「運動させてやる。そしたらしばらく寝ろ」

「させてやる?」

魁斗の目が物騒に光る。

「待ったっ。乱暴はなし」

「お前が、だろう?」


まともにやり合ったら魁斗の方が強い。それはお互いよく知っている。
だが北斗は気にする風でもなく魁斗の唇を吸い、洗ったばかりの肌に手を滑らせる。


冷えた肌に熱が灯るのを感じながら、魁斗は天井を睨みつけた。
別に力づくでなくとも、本気で命じたら北斗は自分に指一本触れない。それは分かっている。

なのにそれをしないのは。

(ただ、面倒くさいだけ)

情も快楽も求めている訳じゃない。怠惰なだけだ。自分からは何もしたい気分じゃない。

安物の香油の香りが広がる中、北斗の太い割に器用な指が優しく後ろに触れた。同時に緩く立ち上がったものを咥えられ、魁斗は瞼を閉じる。

やがて頭が真っ白になるほどの快感の中。北斗に思い切り揺さぶられながら、きつく瞑ったはずの魁斗の瞼裏に首をなくしても繋がったままの肢体が浮かび上がる。

そんなことを思いながら男に抱かれる自分が、滑稽なのか、哀れなのか。
やはりあれは羨むべき死に様なのかもしれないな、と思った。


(09'8.18)

 

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