捧 呈

□密月
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 送るから、歩いて帰らないかい‥と、言い出したのは楸瑛だ。

 膨らんだ月が綺麗だから、酔い醒ましに歩こう‥と。

 春は間近い──とは言え、まだ夜気は冷たく、酔いに熱った身体にもそれは少し辛い。

 それでも何も言わずに歩く事に同意する。

 仄白く淡い光を放つ月は行く手に浮かぶ。手を伸ばせば届くかも知れない──そう錯覚を起こしそうな程に近く、迫る月。

「見事な月だね」

 まるで天を目指すかのように、二人して月を見上げ歩いた。

 だが月は少しずつ位置を変え、気が付けば後ろから追って来る。

「いつの間にか、あんなところに──不思議だよね、さっきまでは私達の前にあったのに」

 そう呟いた楸瑛が、そっと手を取った。

 夜気に冷えた互いの手。

「──今夜はとても、君と歩きたい気分だったんだ」

 月灯りを背に、楸瑛がぽつりと呟く。

 
 あぁ、そんな時もあるかも知れないな……ぼんやりとそんな事を思えば、重ねた冷たい掌が熱を生み始める。

 冷たい肌の下に流れる血脈の微かな温もりを感じ取りながら、互いの指先を絡め合う。

「絳攸……君と、行きたい場所がある」

「何処へだ?」

「──歩いては辿り着けない場所へ」

 隣にそっと視線を向ければ、蒼白い灯りに照らされ月映える横顔は、真っ直ぐと天上を見上げていた。

「……そうだな」

 小さく同意の相槌を入れると、再び視線を天へと戻し、二人して虚空を見上げる。

「俺も、お前と共に見たいものがある」

 繋いだ手に力を込めれば生まれたばかりの熱が、そこから全身へと駆け巡ってゆく。

「一緒に行こうか、何処までも」

「迷うなよ」

「君もね」

 繋がれた掌から生まれた熱は、更に新しい熱を生む。

「必ず辿り着いてみせるよ」

「当然だ」

 無くしたものは少なくも小さくもない──だが、それでも欲しいものがある。

 
 再び位置を変えた月が、眼前に現れる。形を変える事なく惑わす虚空の佳月。

「今宵の月は、本当に綺麗だね」

「ああ──玲朧たる佳月だな」

 位置を変える夜空の月が惑わすように、目指して進むべきが定まらない。

 だが決めた事がある。

 繋いだ手を離さない。

 堕ちるならば諸共に。

「行くぞ、一緒に──必ず見届けてやる」

 月を見つめ口唇に乗せた言葉に応え、繋ぐ手に力が込められる。

 激つのは血ではなく、熱を孕むこの想い──共に行こう、手を取り辿り着くべき場所へ。





 今宵密かに、月に誓おう──





─ 終 ─

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