宝 殿
□甘眠
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講義を終えた楸瑛は、階段状になっている大教室の真ん中で、椅子に座ったまま眉間に左手の親指と人指し指を当てた。二日ほどほとんど寝ていない。体力に自信はあるが、さすがに目が疲れている。
ゼミのレポート提出と課題のプレゼンが三月の十二日にある。それが終わればこの一年の学業は終わったも同然だが、鉄は熱いうちに打てが口癖の担当教授の出す課題は毎回容赦ない。期待を上回る結果を出そうとこの二日取り組んできて、充実感はあるものの少し目眩がした。
「はっ、情けない」
兄たちが見れば、優しい笑みを浮かべながら首を振るだろう。
ジムにでも行って汗を流すかと立ち上がりかけて、腕を掴まれた。
「珍しいな、おまえがこんなに疲れた顔をしているなんて」
間近で聞こえたその凛とした声に、楸瑛の心臓が飛び上がる。
「こ、こ、絳攸。君こそこんな所で何をしているんだい?」
絳攸とは専攻が違う。楸瑛は政治経済だが、絳攸は法学だ。重なる講義もなくはないが、基本的に講義の行われる建物そのものが違う。
「こんな所って。おまえの教室だろう?」
「君の法科は三号館じゃないか」
それともこの一号館で何か特別講義でもあっただろうかと、頭を巡らせる。
「俺がおまえを探しにきてはいかんか? おまえなんか俺のゼミの教室まで入り浸りで、教授から転科の誘いまで受けてるくせに」
不服そうに言われて、楸瑛はようやく口に笑みを形作った。
「私を捜しに? それは滅多にない奇跡だね、絳攸」
「俺がいつも迷ってばかりだと思うなよ」
軽く睨んでから、絳攸は掴んでいた腕を放した。
「この後は昼飯だろう? 時間はあるか?」
「あるよ。午後中いっぱいフリーだ」
絳攸から誘ってくるなんて、半年に一回あるかないかだ。逃せるはずがない。