壱之花
□添臥
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「……何をしている」
皇毅の良く通る、静かな声が闇に響いた。
「──月のない空を見ています」
声の主に視線を向ける事はせず古木に背を預けたまま静蘭は闇空を見つめる。
夜が更けても遠くからは人のざ喚きを感じる。
地上には灯りがあるのに、空には星すら見えぬ闇。
月のない空ならば、星灯りが煌めく筈なのに。
空を僅かに彩るのは、どこからともなく舞ってくる、儚げな月の光の色の花びらだけ。
皇毅はついと視線を上げ、同じように空を見上げる。
……何もない。
あるのは人の心を吸い寄せそうな闇空。
──まるで魔のような。
「……夜番でもなかろう。早く戻って休め。明日に障る」
「……屋敷に戻っても誰もいませんから」
つい溢れたのは本音。
何も聞こえない闇よりも、誰かの息遣いの聞こえる闇がいい。
こんな夜は。
暫く置いて溜め息が聞こえた。
「──ついてこい」
「えっ? 葵大夫…」
問い返す言葉に答えはなく、その背は遠ざかってゆく。
静蘭は躊躇い……すぐにその背を追った。