壱之花

□添臥
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 連れ帰られた葵邸は人の気配が少なく、皇毅自ら酒盃を用意する。

 主自ら立ち働くその姿に居心地の悪さを感じ、静蘭は落ち着かない。

「……なんだ?」

「いえ……」

 いつの間にか手元をじっと見つめていた静蘭に訝かしげな目を向けるが、それ以上は何も言わない。

「……飲め。寝付だ」

 静蘭は差し出された酒盃を受け取り、勧められるままに口を付ける。

 不意に皇毅の手が伸びて、指がつい‥っと静蘭の頬をなぞる。

「……何時から眠っていない?」

 その目の下にありありと浮かぶ隈を指でなぞりながらその顔を見つめる。

「……三日です。これくらいなら平気な質ですから」

 いざという時、数日は寝ないでも平気なように何時でも身体は慣らしてある。

 軍に身をおけば皆同じようなものだった。

「馬鹿め、鍛錬と同じにするな」

 呆れた用に呟き、皇毅は静蘭の後ろの臥所を指差した。

「好きに使え」

 そう言いおくと、皇毅は室を後にし、隣に移動する。


 そうして室を移動した皇毅は机に向かうとすぐに持ち帰った書簡を広げる。

 暫くは書簡を眺めたりしていたが、息を吐いて立ち上がると寢所に戻る。

「……何故眠らん?」

 続扉を開くと皇毅が部屋を出た時と同じままに、静蘭は座っていた。

「一人の屋敷では怖くて眠れないと、幼子のような事を言うから連れ帰ったものを」

「──眠れば浅い夢まで侵されそうで」

 眠りたくないんです。

 怖い夢を見るのは嫌。

 静蘭は身を震わせて己を抱く。

 皇毅は暫く考え、静蘭の腕を引いて立ち上がらせると、臥所においやる。

「葵太夫……?」

「もっと詰めろ。私が落ちる」

 皇毅は静蘭を掛布の中に押し込めると、同じように臥所に身体を横たえようとした。

 それに静蘭がうろたえる。

「あのっ‥」

 皇毅は片手を静蘭の頭の下に差し入れ、自分の胸に抱き寄せた。

 もう片方の手を背中に回すと、優しく撫でる。

 ──まるで母親が赤子をあやすように。

 思わぬ皇毅の行動に言葉すら封じられ、動けなくなる。


 気付けばふわりと柔らかく……優しくて、穏やかな薫りに包まれている。

 それが合図のように、静蘭の瞼は落ちた。


 

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