捧 呈

□癒悦
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「悠舜っ!!」

 勢い良く扉が開かれた──かと思えば、そのままの勢いで鳳珠が飛び込んで来る。

「大丈夫なのかっ? 怪我はっ?──あぁ、こんな事になるならやはり一緒に行くべきだったっ!」

 息を切らせ悠舜の傍に駆け寄った鳳珠は、汚れた進士服を一目見るなりその美しい形の眉を険しく寄せた。

「──そうだ。悠舜を一人にしたお前が悪い」

 その言葉尻に乗った黎深が鳳珠を責める。

「そう言うお前こそ、ふらふらと何をしていた? ふんっ、どうせ邵可様にまとわり付いてご迷惑を掛けていたんだろう」

「‥っ! 何だとっ!」

 二人が何時もの如く喧嘩を始めれば、開いたままの扉から飛翔が顔を覗かせた。

「悠舜ーほれっ、着替え。鳳珠、お前もいきなり突っ走るのはやめろや。邵可さんびっくらこいてたぜー?」

「すっ、すまない……気が動転して……」

 飛翔に注意され、邵可に対し礼を欠いていた事に気付いた鳳珠はしまったと表情に出しておろおろとする。

「ふっ‥ふふふっ‥」

 悠舜が笑い出した事に気付き、三人の視線は悠舜へと集まる……笑っている悠舜は時に、怒っている時より怖い。

 
「悠舜?」

 恐る恐る鳳珠が名を呼ぶと、悠舜は穏やかな笑みを浮かべたまま自分を見つめる三人の顔をゆっくりと見回した。

「──色々と心配を掛けたようですいません。服が汚れた程度ですから、何も心配いりませんよ」

 その言葉に三人共にほっとして表情が緩む。

「じゃあさっさと着替えて戻ろうぜ。雑用なんざとっとと片付けて今夜は飲もうや」

 飛翔がそう言えば、鳳珠の眉が寄せられる。

「仕事が終わったなら明日に備えて休むべきだ」

「かぁーっ! 堅い事ゆうなよ。たまにゃぁいいだろう? なぁ、悠舜?」

「そうですね……たまには良いかも知れないですね」

 悠舜が同意した事で気を良くした飛翔が、更に声を張り上げた。

「よしっ! 飲んで溜りに溜った憂さでも払そうや、なっ!」

「終わったらだぞっ?」

 まだ何かを言い合う二人を後目に悠舜は着替えようと立ち上がり掛け、自分を見つめる黎深の視線に気がつく。

 結局、最後まで告げられなかった言葉──

 悠舜はふと笑う。

 
 告げられなかったのは、まだ告げるべきではなかったのだと。

「黎深、着替えたいので手伝って下さいませんか?」

 そう頼めば何も言わずに差し出された腕が悠舜を支える。

 先程までの表情は隠され、何事もなかったように今は口唇も固く閉じられて。

 ただ、その口唇に残された紅い痕……悠舜はもう一度、その口唇に指先を伸ばす。

 触れた瞬間びくっ‥と、黎深の身体が震え、悠舜にも伝わる。

 驚きに瞠られた瞳が、それでも何かを待つように自分を見つめていた。

「──ありがとう、黎深」

 微笑んでそう告げれば、ふいと視線が外され、再び何事もなかったように固く閉じられてゆく。

 悠舜は紅い口唇を見つめ、淡く笑む。



 この先、何度でも癒されるだろう──この昏い悦びに。





─ 終 ─

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