捧 呈
□密月
1ページ/2ページ
送るから、歩いて帰らないかい‥と、言い出したのは楸瑛だ。
膨らんだ月が綺麗だから、酔い醒ましに歩こう‥と。
春は間近い──とは言え、まだ夜気は冷たく、酔いに熱った身体にもそれは少し辛い。
それでも何も言わずに歩く事に同意する。
仄白く淡い光を放つ月は行く手に浮かぶ。手を伸ばせば届くかも知れない──そう錯覚を起こしそうな程に近く、迫る月。
「見事な月だね」
まるで天を目指すかのように、二人して月を見上げ歩いた。
だが月は少しずつ位置を変え、気が付けば後ろから追って来る。
「いつの間にか、あんなところに──不思議だよね、さっきまでは私達の前にあったのに」
そう呟いた楸瑛が、そっと手を取った。
夜気に冷えた互いの手。
「──今夜はとても、君と歩きたい気分だったんだ」
月灯りを背に、楸瑛がぽつりと呟く。
あぁ、そんな時もあるかも知れないな……ぼんやりとそんな事を思えば、重ねた冷たい掌が熱を生み始める。
冷たい肌の下に流れる血脈の微かな温もりを感じ取りながら、互いの指先を絡め合う。
「絳攸……君と、行きたい場所がある」
「何処へだ?」
「──歩いては辿り着けない場所へ」
隣にそっと視線を向ければ、蒼白い灯りに照らされ月映える横顔は、真っ直ぐと天上を見上げていた。
「……そうだな」
小さく同意の相槌を入れると、再び視線を天へと戻し、二人して虚空を見上げる。
「俺も、お前と共に見たいものがある」
繋いだ手に力を込めれば生まれたばかりの熱が、そこから全身へと駆け巡ってゆく。
「一緒に行こうか、何処までも」
「迷うなよ」
「君もね」
繋がれた掌から生まれた熱は、更に新しい熱を生む。
「必ず辿り着いてみせるよ」
「当然だ」
無くしたものは少なくも小さくもない──だが、それでも欲しいものがある。
再び位置を変えた月が、眼前に現れる。形を変える事なく惑わす虚空の佳月。
「今宵の月は、本当に綺麗だね」
「ああ──玲朧たる佳月だな」
位置を変える夜空の月が惑わすように、目指して進むべきが定まらない。
だが決めた事がある。
繋いだ手を離さない。
堕ちるならば諸共に。
「行くぞ、一緒に──必ず見届けてやる」
月を見つめ口唇に乗せた言葉に応え、繋ぐ手に力が込められる。
激つのは血ではなく、熱を孕むこの想い──共に行こう、手を取り辿り着くべき場所へ。
今宵密かに、月に誓おう──
─ 終 ─