short dream
□恋愛なんて所詮お遊び
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俺がまだ傭兵団に入る前、貴族だったころの話だ。
「ご機嫌麗しゅう、名無しさん嬢」
「ジャッカル様」
ゆるりと首を傾げ微笑む彼女は文句なしに美しかった。
真珠に薔薇の花びらを重ねたような艶やかな肌に表情ゆたかな大きな瞳。まだ少女の華奢な可憐な風貌。
「大変可愛らしいお洋服ですね。貴女によくお似合いだ」
「ありがとうございます。つい最近春ように作ったのもので、私も気に入っていますの」
「ではそのワンピースで庭園探索と洒落こみますか。春の花々が美しく咲き乱れている頃だ。どうぞ?」
「楽しそうですわね」
エスコートの腕を見て躊躇った後にそっと手を伸ばす。そんな仕草も愛らしかった。
両親が選ぶ女性は本当に
――――――完璧な人ばかり。
彼女、名無しさんも親が婚約相手にと連れてきた女性だ。結婚するつもりはなかった。
理由は簡単。
俺が愛した女性は不幸にあってしまうから。
「最近何か変わったことは?」
「んー…。特にありませんわ。ジャッカル様こそお忙しくないのですか?」
「貴女に会うためなら忙しくても構いませんよっと」
名無しさんは本当によくできた女性で、俺がしょっちゅう家をあけても何もいわず訪ねたときには笑顔で迎えてくれる。
少し申し訳ないが、彼女のおかげで気は楽だ。
「まぁ――綺麗」
名無しさんが小さく感嘆の声をもらした。確かに綺麗だ。時期が良かったようで、まさに百花繚乱。
「連れてきて頂いてありがとうございました。春に来たことはなかったので、これて良かった」
「……少しお待ちを」
頬に手を添え、柔らかく結われた彼女の髪にピンクローズを一輪差す。
「プレゼントがなくて申し訳ない。貴女には宝石よりも花の方が似合いそうだったのでね」
「いえ……嬉しいですわ」
「それは良かった」
にこにこと笑いあっていると不意に視界に影が差した。彼女のお父さんだ。
「仲良くやっているかね? ジャッカル君、名無しさんはどうだ? 私の自慢の娘だが」
「ええ、彼女は素晴らしい女性ですよ。私にはもったいないぐらいです」
「はは…よいよい。これからも名無しさんを頼むぞ」
彼が視界から消えた後、名無しさんがじいっとこちらを凝視していた。普段は見つめると目を反らすことも多いのに。
「何か?」
「ねぇジャッカル様。何かお悩みでしょう? 悲しそうな目をされていましたわ」
「っ……そんなことは」
「私、知っていますのよ。世間では貴方のことを浮気男とか女たらしとか批判する人もいますけれど本当は……。だから……だから、私との婚約話を進めようとする父様の話を聞いて……」
人差し指で彼女の唇をふさぐ。名無しさんは面食らったように目を丸くさせたが、ゆっくりと微笑むと俺の頬に両手を伸ばしてきた。
「私の前では素のジャッカル様でいて下さっていいのですよ? 周囲の催促なんて気にしないでいいのです。私、未だに本当の貴方と話したことがない気がしますの。いつも仮面をつけていらっしゃるわ」
「他人の感情に敏感な人間なんだな……貴女は」
「名無しさんと」
「……名無しさん」
曇りのない真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうになって我に返り、急いで距離をとる。
(恋愛なんて所詮お遊び)(そう思っていたのに、また考えが変わりそうで怖い)
―――
何か、分からん。
超、分からん!
とりあえずジャッカルが傭兵団に入る前の過去模造話です。
お粗末様でしたっ!