□foggy
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自分がオサムちゃんを好きだという思いに気付いたのがその日ならば、思いを伝えたのもその日だった。私はわりと優柔不断な性格なのだけど、その日だけはなぜか違った。

告白には勢いがいる。

特に、相手が教師で自分が生徒というあやふやな関係の場合は。私は勢いだけで、卒業式というお祭り的な胸の高鳴りに言葉を包んで、オサムちゃんに気持ちを告白した。







端的に言ってしまうと、結果はノーだった。
彼は非常にモテたので、私のような生徒から告白されるのも、その日だけで両手で数えるくらいだったに違いない。断り方は丁寧で、慣れていて、そしてとても彼らしかった。
私はとても悲しかったけれど、他の女の子たちのように走って逃げたりしなかった。泣いてすがったりしなかった。冗談めかして笑ったりしなかった。ただ彼の前から一歩も動かず、目も逸らさず、静かに睨んでいた。だからオサムちゃんも、他の女の子にしたように、帽子を目深にかぶって目をそらしたりしなかった。ただ、煙草を吸いながらまっすぐこちらをみていてくれた。
こうして、私は短い胸の高鳴りをたった1日で経験し、同時に痛みを経験した。そしてそれは、外部進学の私に少しのきっかけをくれたのである。私はオサムちゃんが好きだから付き合いたいというよりも、彼のそばにいたいという願望のほうが大きかったかったのだ。私はオサムちゃんの受け持つクラスの生徒で、なおかつ男テニのマネージャーだった。この学校では珍しい外部進学者だったから、オサムちゃんにもいろいろ助けてもらっていた。私は他の生徒と比べて、圧倒的にオサムちゃんのそばにいた。だから急に離れることは不安でしかたなかったのだ。オサムちゃんに告白したことで、彼とのつながりができたと私は思った。これで、進学しても会いに来られる。下手な言い訳でオサムちゃんに会いに行くよりは、未練があるから会いに行くというほうが、ストレートで受け入れやすいだろう、自分にとって。私はワガママなのだ。

「またオサムちゃんに会いに来てもいい?」

告白の最後に私はこう尋ねた。

「好きにせえや」

煙草の白い煙を吐き出しながら、オサムちゃんは目を細めた。






高校に入ると、私は何人かの男の子と付き合った。オサムちゃんと付き合えなかったことを解消したいなんていうつもりではなかったけれど、私は暗にそういう態度をとっていたのかもしれない。本当に俺のこと好き?付き合った男の子はみんなそう尋ね、それから悲しそうに頭を横に振った。



私がオサムちゃんのことを思い出したのは4番目の男の子と別れた日の午後のことで、ちょうど用があって四天宝寺の校門の前を通ったときのことだった。ふいに、元気にしてるかな、と昔の恋人を思うような気持ちになって、私は彼に会いに行った。私の中で彼はもう思い出の人になっていたので、少しずつオサムちゃんのことを思い出しながら、四天宝寺の門をくぐった。
いつものコーチベンチに彼は座っていた。

「オサムちゃん」
「おー!久しぶりやな」

声をかけると、オサムちゃんはびっくりしたような声をあげ、それから疲れたように笑った。懐かしくて、私もつられて笑う。

「うん」
「お前の話、たまにきくで。白石がお前はようモテるって言っとったな。この間ドーナツ屋から男と手つないで出て来よったんやろ」

オサムちゃんはいつになく饒舌だった。変わってしまったんだ。私は少しの悲しさを味わう。

「そう。でも今日別れたで」
「はやいな」
「なあ、オサムちゃんはまだ誰とも付き合ってないん」

オサムちゃんは首筋を飽きたようにかき、それから私から目をそらした。

「お前はほんまに可愛いなった」

はぐらかすのがうまい。もう全て忘れようとしているんだろう。私はオサムちゃんにとって過去の人物だった。

「私、もうオサムちゃんのこと好きちゃうよ」

私は自分に言い聞かせるようにそう言った。

「へえ、おおきに」
「うん、…なあ、また来てもいい」

オサムちゃんは煙草に火をつけ、笑いながら言った。

「あかん」
「なんで」
「お前可愛いなったから」

オサムちゃんは煙草を足下に落とし、靴で踏みにじった。近くでは中学生が、以前のように練習を続けている。

「オサムちゃん」
「なに」
「もっぺん好きになったって言ったらどうする」

衝動は渦のように私を取り巻いて、そしてなだめようと走り回る。オサムちゃんはそんな私にむかって明るく以前のように話しかけた。

「勝手に好きなままでおれや」

そうして私の思いは霧に包まれる。オサムちゃんを過去にすることなんてできないのだ。つながりを断ちたくはない私のワガママに気付いている大人なオサムちゃんに、私は何度も改めて恋をする。


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(09/05/16)

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