作品2

□ジョル+承
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 旧友が亀の一部になるという不測の事態を受け止めてなお、涼しい顔で椅子に座っている大柄の男に、ジョルノは不思議なほどに好感を抱いた。一種の引力といってもいい。それは彼こそが己の父親を殺めた張本人だと知らされても変わらずに、じんわりと心の片隅に居座り続けている。

「すまなかった」

 彼が謝罪を口にするのは、これで三度目になる。一度目は、SPW財団という大きな組織を通じてポルナレフの事を伝えた際、丸二ヶ月ほど本人に連絡がつかなかった事に対して。二度目は、それほど忙しい彼がわざわざ時間を作ってくれたと聞いたので、財団所有のチャーター機が到着する場に行って出迎えたとき。そして三度目。父親の死の真相を伝えた今だ。

「謝らないでください。僕の父が――といっても、未だに自覚がないのですが、僕の父が『悪』だということはわかります。それを打ち倒すのに躊躇する必要はない。僕だって、あなたと同じ立場だったら迷わず戦ったでしょう」

 承太郎は、感心したように息を吐いて、用意されていたコーヒーに手をつけた。香りがいい。いつもの、カフェイン摂取のためだけに飲んでいるインスタントコーヒーとは格が違うのが一目でわかる。イタリア人と日本人は、共に食に対して真面目な姿勢があるが、こと嗜好品に関してはイタリアのほうがより強いこだわりがあるのだろうと思った。とはいえ、ジョルノにイタリア人の血が混ざっていないこともまた知っているのだが。

「父は――」

 ジョルノは口を開いて、思い直したように一度言葉を呑んだ。

「『DIO』は、あなたと逢えて幸運だったと思います。これ以上の罪を重ねずに済んだ。無駄な犠牲を出さずに済んだんだ。僕はあなたに感謝しています。DIOを救ってくれてありがとうと」

 微笑んで頭を下げるジョルノからは、歳相応の純粋さが見えた。心からそう思っているのだと知った。ふと承太郎は、以前康一から受けた電話の内容を思い出した。「爽やかなやつ」。卑怯な手で荷物を奪っておいてなおそういう感想を抱かせる、奇妙な魅力を彼自身でも感じたのだ。

 二人はしばらく、じっと互いの顔を見つめていた。探っていたともいえる。少年の。この男の。内に流れる、ジョースター一族の血流を。

「…………。で、お前ら」

 ハッとして、ジョルノは右後ろに控える痩身の男を見た。忘れていたのだ。この部屋には自分たち以外にも人間がいたことを。

「いつまでそうやって辛気臭ぇ話を続ける気だ? ジョルノ、てめぇにはまだ仕事が残ってる。ジョウタローっつったか、あんたも忙しい身の上なんだろ? 思い出に浸るのもいいが、時間ってのは刻々と進んでいくもんだぜ」
「……プロシュート。あなたには事前に口を挟まないでくださいと言っておいたはずですが」
「挟んじゃあいねーだろ。てめぇら二人とも黙りこくってやがった。これでどうやって口を挟めるってんだ。俺がしたのは『勝手に話した』それだけだ」

 飄々とそう言ってのけるプロシュートを面白くないといった表情で睨みつけ、ジョルノはまた承太郎に向き直った。「……すみません。彼には席を外すようにも言ったのですが、聞いてくれなくて」
「ボスを守るのが俺の仕事だ。特に今は組織全体がガタついてやがる。ちょっとの油断もままならねーって、テメェもそれぐらいわかってんだろ」
 プロシュートはやはり、悪びれる様子もなくそう言ってのけたのだった。

「彼がキミの部下か、初流乃君」
「ジョルノ、でお願いします。ここではそれで通っている。……彼は、僕の親衛隊の一人です。すみません。ご覧の通り、態度は悪いしあまり僕に忠実ではないのですが」
「本人を前に悪口たぁいい度胸じゃあねえか、ガキ」
「『ボス』です、プロシュート。お間違えのないよう」

 ツンと済ました表情のジョルノを後ろから覗き込んで、プロシュートは悪戯っぽく笑う。二人のやりとりを、承太郎はじっと見つめていた。まるで歳の離れた弟をからかう兄のようだった。それから、カップの底に残るコーヒーをグッと一息に飲み干して。
「ギャングのボスというのに会ったのは初めてだが――」なかなかテレビドラマのようにはいかないみたいだな。
 そう言って、まるで珍しいものでも見るかのようにじっと目を細めてみせた。
 これに慌てたのはジョルノだ。好意を抱いた相手に、よもや呆れられようとは。

「あっ、いえ、別に、いつもこうではないんです。この人が異常なだけで、先の戦いでいろいろあったもので――」
「……やれやれだぜ。俺は別に馬鹿にしているわけじゃあないんだが。……ジョルノ……君。すまない。今言ったのはそういう意味でじゃあないんだ」

 だからそう慌てる必要はない、と全てを見透かすかのように呟く承太郎を見て、ジョルノは珍しく、頬に血が集まるのがわかった。腹立ちまぎれにキッとプロシュートを睨む。「どうして僕の邪魔をするんですか」
「邪魔なんかしちゃあいねーだろ。おら暇ならこっちにカップ寄越せ。客人のもだぞ。コーヒーのおかわりが入りましたので、『ボス』」

 コポコポコポ、と、先ほど承太郎が心の内で絶賛していたコーヒーが注がれていく。いやになるほどサマになる立ち姿だ。ジョルノは内心舌打ちをして、渡されたコーヒーを啜った。そんな彼の子供っぽい仕草をじっと見つめていた承太郎も、黒い液体を口内で転がす。なんとなくジョルノの背後に視線をやってみれば、ポットをサーバーに戻していたプロシュートが、意味ありげにニヤリと口角を上げてきた。いい部下じゃあないか。少なくとも、己の周りにいる、無表情に研究成果ばかりを報告してくる部下たちよりよっぽど。

「さあ、お前ら、それ飲んだらとっとと出るぞ。観光の準備くらいはしてあんだ。ジョウタロー、あんた海が好きなんだってな。だったらネアポリスの海は一度見ておくべきだぜ。できれば対岸のカプリ島にも連れて行ってやりてえところだが、残念ながら今日は無理だ。また近いうちに時間作って来な。でなけりゃあ今日一日であんたの事を心底気に入ったウチのボスが拗ねちまってたまらねえ。なんせこのマンモーニときたらよ、いったんヘソ曲げるとひでーもんで。この前なんかよ、『カリブの海を見ながら石釜で焼いた出来立てのピッツァマルガリータを食べるまで仕事しません』とか言い張って椅子に張り付いてよ――」
「プロシュートッ!!!」

 ジョルノの叫び声があまりに悲痛なものだったので、承太郎はいつもの口癖を呟きながら帽子のつばを引き下げた。




End.

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