作品

□駄々っ子には飴を
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男同士ってのはラクでいい。土産に酒の一つでもぶら下げていきゃあ、部屋訪ねる理由に困ることがねえからな。

そう言うと男は「女だって同じようなもんだぜ。酒が菓子に変わるだけで」と歯を見せて笑った。

「おっ、ずいぶん奮発したもんだなァ。こんなイイ酒飲ましてもらってもいいわけ?」
「構わねーよ、そのために持ってきたんだ」

一人掛けのソファから床に腰を下ろして、同じくテーブルを挟んであぐらをかいた俺にグラスを差し向ける。
話とともに持ち込んだウィスキーを波々と注いでやりながら、ついでに自分のグラスにも入れる。こちらは半分ほどだ。残りは水で埋めて乾杯の形をとった。

「今朝さぁ」
「あ?」
「ジェラートと顔合わせたんだって?」
「ん?ああ、確かに会ったぜ。起き抜けでさ、メシもまだだっつってたから食わせておいた」
「そりゃ世話かけたな」

軽く笑って、口の中を湿らす程度にウィスキーを含む。アルコールのピリピリとした感覚が舌を刺激するのと同じよう、俺の体のどこかしらが焦燥を感じていた。
こういう話をするのは、どうも、慣れない。

「……でさ」

意味もなく下唇を親指でなぞりながら、ゆっくり、ゆっくりホルマジオを見やる。

「またジェラートのやつがやらかしたんだって?」

何でもない風を装って伺うと、ホルマジオはまるで予測しなかった事を言われたかのように目を丸くしてグラスを傾けた。

「やらかしたって?何のことだっけか」
「何のって、俺も詳しくは知らねーけどさ。……怒鳴りつけたんだって?」
「怒鳴りつけたぁ?」

俺があいつを?

ヒャハハと大袈裟に仰け反って笑い飛ばす。

「するわけねぇだろ、そんな面倒くせーこと」

はあ、と気の抜けた声が出た。なんだそりゃ。話にずいぶん食い違いがある。

「怒ってないって、それじゃあ何にもなかったのか?」
「まあ、特筆するようなことは何もねえけど」
「嘘つけよ」

困惑がそうさせたか、語気がやや強まった。

「やらかしたんだろ。いや、お前がって話じゃあなくて、ジェラートがだぜ?イルーゾォにって、俺はそう聞いてる」
「イルーゾォに……?」
「そう。それで自分だけ怒られたって」

俺の勢いに驚いたか、きょとんと目を丸くしていたホルマジオは、ややあって「あー……あれのことか?」とこめかみを叩いた。

「イルーゾォとさあ、やり合ってたんだよ。階段のところで。んで、しばらく傍観してたんだが、そのうち白熱しだして突き飛ばしたもんだから『危ねえだろ』とは言った。焦ってたから確かに強く聞こえたかもしれねぇなあ。怒ったっつーか、窘めたつもりだったんだが」
「たしなめた……」

はあ、とまた口からは気の抜けた声が出た。

つまりは二人、喧嘩をしていて、それも階段なんて不安定な場所で突き飛ばしたりしたもんだから、『危険』を知らせるべく『注意』をしてくれていたらしい。イルーゾォに手を出した事自体ではなく、そこに付随する危険に対して。

「ああ、言っとくがありゃあジェラートが全面的に悪いって話じゃあねえよ。イルーゾォもあれで喧嘩っ早いからよ、どうやら突っかかられたときに無駄に挑発してたみてぇ。一応反省してたから許してやってくれっつっといてくれるか?あと俺も。言い方が悪かったって」

悪いもなにも、この男がしたのは『注意』だ。……注意という、まるきり善意からくるものを、あいつはそう、『いきなり怒鳴りつけた』と曲解して、……ああ。

「……そういう心遣いをよくもまあダンゴムシとまで……」
「ダンゴムシ?そりゃあ何の話だっけ?」
「いや、気にすんな。こっちの話」

ひくひくと引きつる口元を必死に抑え、再びホルマジオの顔色を伺う。取り立てて不快そうな色は浮かんでいない。だが、それでも、人の心というものは複雑だ。

「……唐突で悪いんだけどさ」
「おう、今度は何だよ」
「じ、……ジェラートの事、どう思ってる?正直」
「はあ?」

伺う視線を外さないまま、テーブルの上を手で探る。指先に当たったグラスを持ってグッと半分ほど飲み干すと、初めよりも強い刺激が舌を転がった。どうやら予期せず口内が乾いていたようだった。俺自身がどうだという話ではないはずなのに、どうにも腹のあたりに不快感がある。自分の好んでいるものを、例えば映画などを、他人に扱き下ろされると腹が立つことがあるのと同じだろうか。どうにも落ち着かない。

「なに、なんだよ、マジにどうしちまったんだ?あんたまさかもう酔っ払ったのかァ?大丈夫だって、俺ぁイルーゾォ一筋で……」
「そういうんじゃあなくてだ」

何を勘違いしたか、ダハハとだらしなく笑って後頭部を掻く男の眼前に手を掲げる。指の隙間から見える赤髪に向かってもう一度。

「どう思うって、そういうんじゃあなくて、ほらもっとあんだろ。あいつもまぁ、それなりに歳重ねてるわけだけど、なんつーか中身の成長が遅れてるっつーのか?そういう所あるじゃあねーか」
「……はあ?」

今日のお前、マジに変だぜ。
やや引きつったような顔が俺を仰ぐ。それをほとんど睨むようにして見返した。「いや、もう、正直に言ってくれて構わねー」
一呼吸置いて言う。

「……あいつの事、迷惑に思ってるか?」

コト、とグラスを置く音が響く。しばらく間があった。そして、いよいよもってホルマジオは腹を抱えた。
爆発するような笑い声を聞きながら呆然としている俺の前で、涙を拭ってさえみせる。

「な、なに、あんた、まさかそんなん聞きに来たわけ?わざわざ?」
「いやいやいや、そんな笑うようなことかよ、ええ?」
「笑うって、笑うよ。なんだよあんたってそんな人間臭かったっけ?」
「はあ?」
「いやあ、もっとこう、クールっつうのか?あんまりそういう事に関心持つようなヤツじゃあないと思ってた」
「関心って」

今度は俺が笑う番だった。こちらは乾いた笑いだったが。

「そりゃあ、気にもなるだろ。ツレなわけだから」
「だからさ、そういうのをあんたの方でも感じてるとは思わなかった。あんたらの間柄ってわからねえんだよ。ジェラートはわかりやすいぜ?全身で恋愛感情を表してるわけだからな。だが、あんたはどっちかっつうと保護者。むしろ従者か。ワガママ受け入れてやって好きにさせて、自分からはアクション起こさねえ。いつもジェラートのほうが一方的にくっついてるように見えてたからさ、見ようによっちゃあ完全な一方通行になってんだよ」

だから、なんつーか、うん。安心したわ。

意味ありげに二、三度頷いて、手酌で酒を注ぎ足すと一気に飲み干した。相変わらず勿体ない飲み方をする男だ。ついでに注がれたものをちびちびと啜る。なんとなくだが、とんでもなく恥ずかしいことを言われた気がする。

「……安心したって、なんでお前が」
「だって同じチームだろうがよォー」
「本当にそれだけか?」
「まあ、半分はそうだが。あとはあれだ。……自分のことが充実してるとよ、今度は他人のことが気にならねえ?」

ニシシと悪戯っぽく笑う男はまた酒を煽った。なんだそりゃ。一気に体から力が抜けた気がした。心底呆れかえった顔を作ってため息を吐く。

「……お前、こんだけクソ長い前フリ喋っといて結局はノロケかよ」
「いやいや、ノロけてなんかねぇだろうがよォー、俺はマジにあんたらを心配してだなぁ」
「……でも上手くいってんだろ?イルーゾォと」
「おー!そりゃあもう!お互い愛し合っちゃってんのよ、外泊なんかあると大変だぜー電話代が」

ダハハと笑いながら再び酒瓶に伸ばされた手を払い、堅くフタを閉めて背後に置く。この馬鹿にこれ以上飲ませてやるのもバカバカしい。

「おいおいしょーがねえなあー、もう一杯くらいいいだろうがよォー」
「クソくだらねーノロケを聞かせられなきゃあ好きなだけ飲ませてやったよ。ったくお前ら付き合いだしてもう一年だろ?いつまで新婚気分だよ」
「しょうがねえって、あいついつまでたっても可愛いんだもんよ」
「あーウゼーウゼー、そんなん聞かされる方の身にもなってみろよ。飲んだもん全部耳から鼻から逆流しそうだぜ。なんでお前なんかの部屋訪ねちまったのかね俺は」
「まあまあそう邪険にすんなよ。つまりは俺は、そういう心配するくらいにはジェラートの事も気に入ってるっつーことだよ」

俺が立ち上がると、ホルマジオもボリボリと背中を掻きながら、飲んだ量に見合わないしっかりとした足取りで立ち上がった。ぽんと俺の背中を叩く。

「だいたいウチのチームにいるのなんざ、あいつに限らず自我の強い奴らばっかじゃあねえか。端的に言やあガキだな。躾がなってねえ。どいつもこいつも我が儘、あるがままに生きてやがんだ。俺はそういうの好きだぜ。見ていていっそ気持ちがいい」
「……そうか」

一つ頷く。自然と口元には笑みが浮かんだ。

「悪かった、変なこと聞きにきて」
「気にすんなよ。美味い酒も貰ったし、こっちも楽しかったしよ。そういやあんたとサシで飲んだのなんて初めてじゃあねえか?」
「そうだっけか?」
「そうだよ。いつも体にジェラートくっつけてんじゃあねえか。……またいつでも来なよ、あんたの選ぶ酒は間違いがねえ」
「馬鹿言えよ、来るたびにノロケ聞かされちゃあ美味い酒もマズくなる」
「ヒヒヒ、いいじゃあねえか、たまには付き合ってくれよォ。あんたの分もちゃあんと聞いてやるからさ」
「ま、気が向いたらそうさせてもらおうかねェ」
「楽しみにしてるぜぇー、どうせならあんたらみたいに長く続く秘訣でも教えてもらおーか」
「じゃあお前には、あいつがどうしてあそこまでワガママ放題に育っちまったのかを教えてもらおうか」

先に部屋の入り口に向かった背がドアを開ける。ありがたくそこから廊下へ出ると、半開きのドアにもたれるようにして半分ほど身を乗り出した男は「ワガママねェ……」と含むような苦笑を浮かべた。

「?なんだよ」
「いやいや、別になんでもねェよ。ただ、本当にわかってねえんならかなりの重症だと思ってよ」
「わかってねえって何が」
「『Spare the rod and spoil the child.』」
「…………は?」

それはあまりに唐突だった。浮かんだ笑みをやや抑え、真面目なトーンでまるで教科書をなぞるように一語一語丁寧に言い含めたホルマジオは、俺が振り返ったときにはもういつもの笑顔に戻っていた。

「なんてことはねえ、諺の一種だ。こういう言葉遊びみてえなもんってさ、考えるやつはすげえよなあ?たいてい的を射ている」

そう言うと、俺の疑問符を無視して、茶化すように笑いながら部屋へと引っ込んでしまった。
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