作品

□駄々っ子には飴を
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「別にここまでしてくれなくてもよかったのに」

手元の食器をクルクルと動かしながら、イルーゾォはご機嫌な様子でパスタを口に運んでいく。盛り付けられている量はそれほど多くはないが、フルコースが出揃う頃には充分なほどに腹が満たされている。決して大食いとはいえないイルーゾォにはとりわけ丁度いい量だ。もちろん味も抜群にいい。

「喧嘩なんていつもしてるだろ。俺も悪かったわけだし。こんな高い店奢ってもらうほどじゃあない」
「なら断ってくれてもよかったのに」
「まさか」

イルーゾォは珍しく快活に笑った。

「断るわけないだろ。ジェラートは美味い店をよく知ってる。けっこう楽しみにしてたんだぜ、奢りならなおさら美味いからな」
「案外現金なんだよなあ、イルーゾォも」

この二人が揃うと会話が途切れることがない。向かい合わせに座って冗談交じりに談笑する姿はまるで仲の良い兄弟のようだ。根本的な性質が似ているのか、それとももっと違う部分で繋がっているのか、喋るのが好きなジェラートはもとより普段はそう喋るほうでもないイルーゾォまでもが積極的に会話に参加している。その半分以上がいわゆる惚気であるから、片方の対象である俺は、そういう会話がなされているときは居心地の悪さを感じながら黙って知らないふりをしていたりする。

「でも本当にいいのか?さっきメニュー見たけど、ここ結構な値段取るぜ」
「ケジメだよケジメ。一応ね。昨日はソルベがホルマジオを借りてたわけだし、その分も含めて」
「ふうん。なら今夜も貸そうか。次はピッツァの美味い店がいい」
「いらないよあんなの二日間も。でもピッツァの美味しい店は知ってる。自腹でいいなら連れてってあげてもいいよ」

本人の知らないところでなかなかの言われようだ。二人に成り代わって心の中で謝罪しながら、厚切りのベーコンを齧る。確かに美味い。口に残った油を赤ワインで流すといっそう風味が広がるようだった。

「ねえ、昨日二人が何話してたか教えてあげようか」
「知ってんの?」
「もちろん。ソルベから聞いたから。……あのねえ、ホルマジオは僕のこと好きだってさ」
「ええ?なんだよちくしょう、浮気かよホルマジオのやつ」

冗談交じりに笑いながら、イルーゾォもワインを含んだ。

「で?なんでそんな話になったんだよ」
「だって先週喧嘩したときさ、ホルマジオのやつ珍しく怒鳴ったじゃない。そんなのほとんど見たことなかったからさあ、アレこれ嫌われてんのかなって思って探りを入れてもらってだね」
「ブハッ!なんだよそれ!小学生みたいなことするなよ!」

だいたい本当に嫌いだったら一つ屋根の下に住むわけないだろー。
至極もっともな意見を言うイルーゾォの前には、両面がこんがりと焼かれた白身魚が運ばれてきた。ジェラートはせっせと自分の皿からアスパラガスを俺の魚の上に運ぶ作業に勤しんでいる。帰り際にサッと芋を掠めていく手腕は見事なものだ。

「……お前らそんだけ話が合うくせになんで喧嘩なんかするのかねぇ……」

柔らかそうな白身を持ち上げたフォークからはふわりとマスタードが香る。口に運ぶ合間に伺えば、視界の両側から似たような猫目がこちらを向いた。ぱちぱちと同時に瞬いて、「え、別に」しようと思ってしてるわけじゃあない、とこれまた同時に口を開く。

「別にって……」

対する俺は苦笑いだ。当たり前だ、喧嘩なんて面倒なもの、わざわざ吹っかけるわけがない。でなければ、その面倒にいちいち巻き込まれる俺はとんだピエロだ。皿の上、増えに増えた野菜類を胃の中へと詰め込んだ俺は席を立った。





……俺の感覚が狂っているのでなければ、それから少しも経っていなかったように思う。いつになく和やかな雰囲気に安堵して先に支払いを済ませた後に席に戻ると――

「……いい加減手ェ離してくれる?その枝みたいな貧相な指が食い込んで痛いんだけどぉ」
「そっちこそ。そろそろ諦めてそのフォーク下ろしたら?そうやって糖分ばっかり摂取するからまた太るんだぜ」

――そこにあったのは剣呑だった。

互いの左手は肩の横でガッチリと組み合わさり、胸の前ではまるで刀の鍔迫り合いのごとく小さなフォークがギャリギャリと不快な金属音を立てている。幸いなのは二人の動作が最小限であることか。まだ店内にはこの雰囲気に気付いている人間はいない。あるいは遠巻きに見ているのだろうか。どちらにしろ、やはり俺に降りかかるのは『面倒事』なのだ。

「……まず、こうなった『訳』を話してくれるか」

引きつる顔をなんとか堪えて席につくと、今にも取っ組み合いの喧嘩を始めようとしていた二人はぎりぎりと歯を鳴らして横目でこちらを見た。

「「ドルチェ!」」

……いやいや俺は"ソルベ"ですよ、といらないボケを心の中へとしまい込んで、刺すような視線から逃れるよう目線をテーブルの上へと移す。コースの最後のメニュー。まさしくそこに乗るドルチェは小ぶりながらも丁寧に盛り付けられたティラミスだ。続きを促すよう視線を二人に戻す。

「この甘党が俺のぶんまで食おうとしたんだよ……!」
「だってイルーゾォは甘いもの嫌いじゃあないかッ!食べてあげようとしたんだよッ!」
「今日は食いたい気分なんだよッ!いいから自分の分だけ食ってろこのデブ!」
「ああっ……!とうとう言ったなこの貧弱男がッ!こうなったら絶対二個食べてやる!」

握り合っている……いや、正確に言うなら威嚇し合っている左手からギチギチと骨の軋む音が聞こえる。『どうして喧嘩をするのか』。その理由が見えた気がした。答えは単純だった。ガキが二人揃って衝突しないわけがない。

「お前らなあ……」

頬杖をついたままハァ、とため息を吐けば、今度は正面から目を合わせてきたイルーゾォの怒りは案の定こちらに向いた。

「ソルベッ!これは俺のドルチェだ、なあそうだろッ!?」
「あー……、まあそりゃあそうだ、うん」
「だったらあんたもこの我が儘野郎に何か言ってくれよッ!」
「何かったってなぁ……」
「あんたがそうやって甘やかすからつけあがるんだろ!?たまにはビシッと言ってやれよビシッと!」
「あー……」

ビシッとねえ……と呟きながら、俺は思った。なるほどね。
がなるイルーゾォを前に、昨晩の記憶が蘇る。

『Spare the rod and spoil the child.』

……確かにあの赤髪はそう言った。鞭を惜しめば子供はダメになる。つまり、しつけを控えて甘やかせば、それだけ子供はワガママに育つという意味か。つまりはジェラートの奔放さは、そのワガママを窘めもしない俺のせいだと言いたかったらしい。

……いやいや、そんな事はねえよ。いくら俺でも仲間のメシを強奪しようと奮闘するジェラートのほうが『悪い』ことくらいわかってる。
怒りの視線を向けるイルーゾォと、縋るような目線で俺を見るジェラートを交互に見やり、口の端に親指を当てて言葉を探す。フォローするのはそう得意でもない。ましてや説教ともなると苦手の部類に入る。

「…………まあ、なんだ」

たっぷりと時間を置いて、言う。

「ジェラート、お前は少し……」

言いながら、頬杖をついていた腕をすっと下ろす。穴があくほどに見つめてくる両者の視線をヒシヒシと感じながら、手は平たい陶器を掴む。そして。

「……これやるから我慢してやれよ、な?」

自分の前に鎮座するティラミスをすすすと移動させてみる。イルーゾォの奴が呆れたような視線をよこしてくるが知るものか。子供は元気で健康であればそれでいい。





End.
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