作品2

□アサッシーノの休日
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「いやいや最高だね! 男三人、ムサい旅! 酒に温泉に海辺のホテル! 女っ気無しでも楽しいじゃあねえの!」

 部屋に入るなりそう叫んで、仰向けにベッドに倒れ込む。大の字になってゲラゲラ笑うホルマジオはスデに『出来上がっていた』。呆れて思わず隣を見やると、リゾットも同じような表情を浮かべて肩をすくめてみせた。

「なーにが女っ気無しだよ。メシには酒とオンナが付きもんだーっつってさんざんっぱら他の客に絡んで騒いでたのはどこのどいつだっつーの」
「どうする気だ? お前が最後に口説き落としたフランスの女は。連絡先を受け取ったんだ、当然イタリア男として責任は取るんだろうな」
「あーあーこりゃあ浮気だな浮気。浮気決定。イルーゾォの奴も可哀想に」
「覚悟しておけ。イルーゾォは泣くより先に手が出るタイプだ」
「アタマだけは死守しておけよー、それ以上アホになられちゃあ俺たちチームの沽券に関わる」
「…………お前らねぇ……」

 むくりと上半身を起こして顔をしかめてみせるが、そんなものをイチイチ気にしてちゃあ暗殺者なんざやってられねぇ。俺ら二人は素知らぬ顔で通り過ぎ、それぞれ自分のベッドに腰を預けてみせた。プシュ、と鳴るのは起こしたプルタブから抜ける炭酸の音だ。通りすがりに付属の冷蔵庫から失敬したものを、俺は一気に煽った。

「してねーだろォが浮気なんてよおー……、お前らだって見てたろ?マジで一緒に飲んでただけだっつの。口説いちゃいねえし連絡先だってちゃあんと返しておきました。だからイルーゾォに余計な事吹き込むんじゃあねーぞ」
「嘘つけよ。俺はお前がメモを有難く頂戴したところしか見てねー」
「おーおーしょうがねえなぁあ〜! だからあんたはモテねーんだよ! 人前でシニョリーナに恥かかせてやるわけにはいかねーだろ。『お断り』するにも礼儀があるってこった」
「はぁ? ……っておい、まだ飲むのかよ! つーか飲むんならテメーで持ってこいテメェで!」

 笑いながら、奴は自然な動きで俺の手から缶ビールを奪った。見せ付けるようにして一口飲む。馬鹿野郎、と小突いてやってもその笑みは崩れなかった。奪い返したビールを不味そうに啜る俺の顔をただ愉快そうに見ている。そうしておいて。

「…………テメ、やりやがったな……」
「いやいやまあまあ、そう怒るなよォしょうがねえなあー……。せっかくだから教えてやろうと思っただけじゃあねえか。なあ?」

 眉間に皺を寄せてペッと吐き出した『紙くず』を見てまた笑うのだ。含んだ途端に元の大きさに戻されたそれ。これだからこいつのスタンドは下らないと評されるというのに。きっと今の俺と同じよう、あの女も辟易しているに違いない。彼女は最後に奢られたカクテルに紛れていたメモをどんな顔で破り捨てたのだろうか。やれやれと首を振った俺は、呆れた表情を隠しもせずに残りのビールを飲み干してみせた。

「ったくよ。フランス女はプライド高いっつーのに、明日鉢合わせにならねーように気をつけておけよ」
「いいや。いっそ鉢合わせればいいんだ。殴られるなり罵られるなりすればいい。それくらいの始末は自分でつけろ。ソルベ。俺にもビールを一本」
「……おいおいリゾット。俺が言うのもなんだがお前さっきっから随分とこいつにキツく当たるじゃあねーの。何? このバカまた何かしでかしたわけ?」
「別に」

 ほれ、と渡したビールは一口で半分ほどまで減ったようだった。リゾットは元々酒に強いほうではあるが、こういった呑み方はしない男だ。思わずホルマジオに目配せをすると、奴はへらへらと笑って小指を立ててみせる。「無粋なこと聞いてやるなって。この人が俺なんかに八つ当たりする理由なんざ一つしかねーだろ。痴話喧嘩ってやつよォ、『コレ』と」
 ――なるほどリゾットは、大きくため息をついたようだった。



「……別に」

 残りをグイと飲み干したリゾットは、奴の手の内で奇妙な形に加工されたスチール缶を弄びながらぽつと呟いた。

「どっちが悪いという話でもない。俺には俺の、あいつにはあいつの考えがある。理念がすれ違えば言い合いにもなるだろう」
「っはー、理念だの信念だの、あんたらは相変わらず堅ッ苦しい喧嘩ばっかしてんなァしょ〜〜〜〜がねえなぁあ〜〜〜!」

 こういう時、馬鹿のように笑いながら話に入っていけるこの男の神経がわからねえ。呆れる俺を前に、新たなビール片手に馴れ馴れしくリゾットの肩に腕をかけ、よっこらせとオッサンそのものの掛け声をかけながらベッドに腰掛けたホルマジオは、リゾットが酒臭い息に眉をしかめる暇をも与えず、空いた片手を大げさに振って言った。「ま、わかるわかる! あんたらどっちも我が強いからなァア〜〜〜!」どーせ原因はくだらねー話なんだろォ、と絡みながら、ばつの悪そうな顔をするリゾットに無理やり酒を握らせて、あんたはどうよ、と俺にまでしょうもない話を振ってきた。

「どうって何の話だよ、俺は別に喧嘩なんざしてねーからな」
「知ってる知ってる、あんたらが喧嘩してるところなんざほっとんど見たことがねぇからなァ〜〜〜! いやいやスゲェことだと思うぜ、あれだけの我がままっ子引き連れてよォ! ヒケツは何よヒケツは!」

 好奇な視線を浴びながら、俺はしばし逡巡した。「我慢と諦め。プラスほんのちょっとの現実逃避?」
 手のひらを天井に向けて言うと、奴はよっぽどツボに入ったのかゲラゲラと腹を抱えながらリゾットの背中をバンバン叩いていた。「聞いたかよ、ええ? これですよこれ。これが夫婦円満のヒケツ!」だからさ、まあ、今日ばっかりは大人しく現実逃避でもしましょーよ。今夜限りみなさんコイビトを忘れて、男三人水入らずで。



 思えば今回の小旅行は奇妙だった。暇さえあればふらふら出掛けるホルマジオが旅行の計画を立てることは珍しくもなかったが、普段なら真っ先に誘うべきイルーゾォを差し置いて、同行メンバーに無理やり俺とリゾットを組み入れたことも。大した理由もなく旅費を全額請け負ったことも。こいつはそこそこ羽振りはいいが、意味もなくほいほい振舞うほど愚かでもねえ。つまりはこいつ、いったん離れて頭冷やせって、物理的な距離を持ち出して伝えてるわけだ。スゲェ遠まわしだが。

「……で、それにどうして俺まで巻き込むかねェ、お前は」
「いいじゃあねえのソルベよォ〜〜〜、俺じゃあ大して役に立てねんだって。リーダーと同じく難儀なコイビトを持つあんたのほうがよっぽど気持ちをわかってやれると思ったからじゃあねえか」
「『俺のコイビトは素直なイイ子なんで』って言いてえわけか。言っとくがイルーゾォのやつもそこそこ性格アレだぞ」
「いーのいーの。俺から見りゃあ充分可愛い子猫ちゃんなんだからよお〜〜〜」

 そういう事ばっか言ってっから八つ当たりされんだろうに。やれやれと本日数度目のため息を吐いた俺を後目に、あ”ーと伸びをしながらサイドチェストに目をやったホルマジオはじき、独り言のように「あっちぃなァ……」と零して、ほんのりと赤くなった顔をぱたぱたと仰いでみせた。そりゃあ、それだけの酒を飲んだんだ。暑くもなるだろ。半ば呆れながら、エアコンでも点けるか? と問うと、カラカラと笑って手を振ってみせられた。「いいよ、ちょっと風に当たってくっから」それだけ言って、枕元を軽く手で探ると、右手を素早くポケットに突っ込んで、バルコニーのある隣室へと消えていった。

「風に当たってくるだとさ」

 ふとリゾットのほうを向くと、奴はまたしても飲み終わったスチール缶を潰してメタリカでの加工を始めていた。さっき造っていた薄気味悪い悪魔のようなものは失敗作だったのか、今やベッドの端に転がっている。器用なのか不器用なのかさっぱりわからねェこの男の指先は、今はいくつかの小さなカケラに分けた材料を使って腐ったミイラのようなものを量産していた。なんとなく見てはいけないものを見てしまった居心地の悪さを誤魔化すよう、備え付けのテレビを点けると、ちょうどコマーシャルの最中だった。最近よく見かけるドッグフードだか何だかの。母犬に子犬がわらわら群がるのが可愛いだの何だので人気のあるらしいもの。
「なんてタイムリーな」
 唐突に響いた声に振り向けば、リゾットはさっきの悪魔の周りにミイラを散らして満足そうに頷いていた。俺は思った。こいつは不器用な上に美術的感覚がひどく狂ってやがると。



 くだらねーバラエティを挟んで再びコマーシャルが流れると、俺は妙な違和感に首をかしげた。それはリゾットも同じだったらしい。さすがに遅すぎないか、と言われ、主語もないその言葉に俺は頷くしかなかった。ホルマジオの奴はいったいどれだけ涼めば気が済むんだと。

「見に行くか? 確かバルコニーに出たんだったな」
「……リゾット。お前ちょっと心配性すぎやしねえか? ほっときゃあいいだろ。あいつもバカだが一応は大人だ」
「大人だがバカだぞ。酔っ払って寝こけてないとも限らない」
「この季節だ、凍死の心配もねえしバカは風邪引かねーって言うぞ」
「バカだけに高いところに登って落ちることも考えられる」
「…………嫌だねぇー、んな死因の仲間の葬式出んのだけは」

 しぶしぶ立ち上がると、リゾットも億劫そうに立ち上がった。なんとなく音を立てないように隣室に繋がる扉を開く。室内には明かりがついていなかった。念のため見回すと、視界の端にふわりとたなびくカーテンが見えた。開け放したままの窓。その向こうに張り出す白のバルコニー。薫る海風に乗って、ぼそぼそと何かの声が聞こえてきたようだった。

「……んでさ、やっぱ海沿いだ、海産物がうめーのなんの。お前も好きだろ? 魚とか。んーだからさ、次は俺、お前と一緒にここ来たいなぁと思ってさ、イルー……」

 白い手すりにもたれかかって携帯といちゃついていたホルマジオは、じっと見ている俺に気付いたか俺の隣から発せられる殺気に気付いたか、青い顔してガタリと携帯を取り落とした。「え、えーと……」言い訳を探すよう視線をちらつかせ、「あはははは……、び、ビビったぜ、まさか、こっち来るとは……」ごまかすように頭の後ろを掻くホルマジオの正面に立ち、おそらく思い切り口角を持ち上げている様子のリゾットは、ぼそりと一言。「男三人水入らず、か」……呟いた。
 瞬間、誰が口を挟むより先にバルコニーへと続くガラス窓は閉じられた。バカ一人を向こう側へと置いてきぼりにしたまま、隙間という隙間が砂鉄によって埋められていく。最後に一つデカい錠前をつけ、リゾットは最後に一言だけ吐き捨てた。

「裏切り者め」

 外側からドンドンと叩かれる窓を放置して、俺の肩に腕を回して暖かいベッドの待つ部屋に戻るリゾットは、顎をしゃくって換気口を示した。俺はへいへいと頷いて、目に付く隙間に片っ端から布を詰めて塞いでいった。

 悪ぃなホルマジオ。ネズミ一匹侵入させるなってリーダー直々のお達しだ。




End.


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女は三人寄れば姦しい。
男は三人寄れば中学男子。


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